1月28日、アルゼンチン政府とIMFの間で445億ドルの債務再編について基本合意が成立した。具体的には現行スタンドバイ取り決めに対する債務再編ののち、同取り決めの満期日に拡大信用供与措置(EFF)に振り替えて融資の払い込みを行うようになる。
アルゼンチン経済は破綻の瀬戸際にある。中央銀行による絶え間ない財政赤字ファイナンスからインフレ率は50%を越え、外貨準備は底をつきかけている。為替レート(自由レート)も公定レートの1/2まで売り浴びせられている。年内にIMF融資に対する元利払い190億ドルを控えてIMF支援なかりせば、デフォルトは間違いないところであった。
アルゼンチンは1956年にIMFに加盟して以来66年の間に実に21回の融資を供与されている。2018年には積極的な経済政策を推進したマクリ前大統領の下で史上最大規模の550億ドルのIMFスタンドバイ融資の供与が合意された。しかし、楽観的な経済見通しの下で急増した民間債務の再編や資本逃避を防げずに座礁に乗り上げた。
その後、新型コロナ感染の拡大に伴う経済情勢の悪化も加わってアルゼンチン政府とIMF側の交渉は難航をきわめた。ようやく、今回両者で基本合意に至ったものである。今後、アルゼンチン議会・政府ならびにIMF理事会による承認によって発効する。
2019年に政権を勝ち取ったペロン党のアルベルト・フェルナンデス大統領は党内部の過激派からIMFの融資条件を遵守(じゅんしゅ)することなどに激しい抵抗を見せている。そもそもペロン党は、IMFが「IMF融資は資本逃避をファイナンスしてはならない」との規則を曲げてまでマクリ大統領(当時)の再選を支持す狙いから融資に踏み切ったと批判してきた。
1月31日にはマキシモ・キルチネル下院議員が「IMF融資の結果は認められない」と与党会派会長を辞任すると表明した。キルチネル議員は母親のクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル副大統領(元大統領)とともに、インフレ抑制の見地から中銀ファイナンスを止めさせて財政赤字削減を迫るIMFを批判し続けていた。キルチネル議員の反抗で議会の承認を得られるか疑問視される情勢だ。
IMF内部からも融資条件が甘すぎるとの批判が公然と起きている。最大の批判は中央銀行に紙幣増刷を強いてきた財政政策にある。一応、経済見通しでは財政の基礎的収支が22年のGDP比2.5%から24年には0.9%に低下することになっている。しかし、増税や歳出削減などの厳しい財政規律に欠けており、むしろ財政刺激策によって経済成長を図って収支改善につなげるという楽観シナリオにIMFが同意していることにある。
グスマン蔵相も「財政政策は穏健な拡張的な役割を果たしていく」と財政支出の削減には言及していない。もちろん、IMF首脳部としてはアルゼンチンのデフォルトによる国際金融市場での混乱を防止すること、ならびにペロン党過激派を中心とする強い抵抗をかわすための現実的なやむを得ない妥協を強いられたといったところだろう。
しかし、IMF内部や国際金融界では「経済成長を推進することによって財政赤字も縮小するというあまりにも楽観的なプログラムは持続可能ではない」と厳しい評価を下している。融資プログラムでは当初4年半は猶予期間を設けているのでその間の多少の目標未達には目をつぶっても問題はないという政治的判断があるとも言われる。
IMFならびに米国がアルゼンチンに対して懸念しているのは現政権のロシア接近である。フェルナンデス大統領は「IMFと米国のくびきからアルゼンチンを解き放す必要がある」「その際、ロシアは重要な存在である」と訪露中にプーチン大統領に伝えている。
IMFが最小の条件でアルゼンチンへの融資を急いだのも理解できないではない。急がなければ、国際金融市場のみならずアルゼンチン政局の混迷をもたらす懸念があると判断したのであろう。しかし、IMFがアルゼンチン経済に不可欠な財政、税制、金融市場、為替市場など広範な分野にわたる構造改革を執拗(しつよう)に迫ることなく妥協したことは近い将来に再び債務危機が到来することにつながろう。