米国にいよいよ未曽有の好景気が訪れようとしている。世界的な投資家であるウォーレン・バフェットが「灼熱(red hot)」と名付ける米国景気によりインフレが高進する恐れを指摘していたほどだ。
一方で、厳しい言い方をすれば、FRBは強い景気回復の証左を見て見ぬふりをし、金融システムの不安定化やインフレ再燃の兆候を直視するのを避けているようにみえる。
米国では第一四半期の実質GDPが前期比+6.4%となり、パンデミック到来前の水準を1%下回るだけの水準に戻ったことになる。第二四半期も、エコノミストの間では二けた成長もありうるとしている。
年間でもFRBが6.5%、民間で7%台と1984年以来の高い成長が見込まれている。FRBは失業率も2023年末には3.3%とコロナ以前のピーク(3.5%)を下回るという力強い見通しをかかげている。
この好況をもたらす要因としては、新型コロナのワクチン接種が急速に進展して国民生活は正常に戻りつつあること、さらに金融財政政策による需要刺激効果も空前の規模に達していることがあげられよう。
ほぼすべての人が経済ブーム到来、との見方で一致している。FRBがインフレ再燃の恐れをもたずに長期にわたって金融超緩和を続けると言い張るのか不思議である。
おそらく2008~2009年のグローバル金融危機以来ほぼ10年の経験で、財政支出を拡大しようが、金融政策で超緩和をしようが、インフレが落ち着いていたディスインフレの経験があるからだろう。
しかし、今回の局面でFRBがインフレ加速に対しても断固として動かないというのでは大きなリスクではないか。FRBはゼロ金利の維持と国債、住宅抵当証券の買い取りを維持する方針だ。
金融市場はFRBのスタンスを大歓迎している。当たり前で、彼らは株高やM&Aからの高収益の恩恵に浴するからだ。しかし、FRBが非常時の金融政策面の対応を早めに切り替えないと、金融市場と米国経済を危機に陥れるであろう。
新型コロナの対応として米国議会はGDP比25%に相当する財政支出を決定した。2008~2009年の金融危機時の財政支出が少なすぎたとの反省も財政支援策の拡大をプッシュした。連邦政府による寛大な給付金支出は累計2兆2,500億ドル、GDP比10%以上の規模で、個人の所得と支出を支えた。
2008~2009年の金融危機時にFRBは、ゼロ金利ならびに量的緩和プログラムを導入して危機を救った。しかし、当時、ベースマネーは銀行システム内に過剰準備としてとどまった。銀行預金として将来の消費・投資資金として滞留しているお金、M2はほとんど動かず、従って実体経済に大きな影響を及ぼすことはなかった。
その後もインフレ率は低位にとどまり、2%のインフレ目標に届くことは一度もなかった。なぜならFRBの政策、とりわけ2012年のQE3は資産価格を押し上げる一方で、有効需要の喚起には影響を与えなかったからだ。
現在の金融政策が金融市場に及ぼした影響は2008~2009年当時とは大きく異なっている。すなわちFRBは国債と住宅抵当証券の購入を、月間1,200億ドルという空前の規模で実施した。この結果、M2は2020年春のパンデミック勃発以来3割近くも増加している。
商業銀行は、充実した自己資本の下で、高収益に恵まれ、融資意欲も旺盛だ。対称的に2008~2009年の金融危機の際には、商業銀行は存立の危機に直面してほとんど機能を停止していた。
実態経済の条件も大きく違っている。現在、住宅建設はブームにわいており、業者の在庫水準も歴史的な低水準となっている。一方で、実際の住宅建設は資材、職人の払底から順調には進んでいない。
住宅価格は二ケタ台で上昇を続け、先高感が需要をさらにあおる結果を生んでいる。住宅建設ブームに伴って家具、電化製品などの耐久消費財への需要も急増している。
企業部門を見ても、企業収益の増大から設備投資はパンデミック前の水準に急速に巻き戻している。米国の輸出業者は、輸出価格の大幅な引き上げと世界の生産、貿易量の力強い回復から利益をこうむっている。
1970年代の過剰な金融緩和は直ちに金融市場を潤して資産価格の高騰につながった。そのすぐ後に経済とインフレの過熱が続いた。ボルカーFRB議長がFF金利を20%台まで引き上げるまでインフレ収束はできなかった。
このようなインフレは過去10年、たしかに起きなかった、しかし、今回は株式、不動産などの資産価格、非鉄金属などの国際商品市況が高騰してきた。ここに実態経済の急速な拡大がプラスされてもインフレは生じないから金融超緩和を続けても大丈夫、というFRBの見方に疑問を感じる。
FRBが3月の消費者物価の上昇を、前年が新型コロナの関係で低下した反動が出たためであり、今後もベース効果が続く、と分析していることは正しいであろう。しかし、多くの経営者が原材料価格などの投入コストの上昇を訴えつつあり、人件費も高騰の気配が漂っていることは軽視されているようだ。
FRBの金融超緩和のバックには、インフレ期待率が低下するリスクに不安を抱いていたこともあろう。しかし、現状では、インフレに対する楽観的な評価はバランスを欠くものである。そして、いまや市場に対して、資産購入の段階的な縮小(テーパリング)とそれに続く金利の引き上げを準備させるべき時期であると思われる。
景気の力強い拡大と見合った金利上昇は、景気拡大の期間をかえって長続きさせるとともに健全なる雇用の拡大を持続させるうえでも好ましい調整をもたらすことを想起すべきだ。
サマーズ元財務長官が指摘したように、給付金や失業手当の割増しなどで積みあがった膨大な貯蓄をバックとしたペントアップ需要は火砕流のように消費市場になだれ込みそうだ。バイデン政権も来年の中間選挙目当てのいたずらな財政支出積み上げを抑制すべき時ではないか。
FRBも今こそ「パーティーが盛り上がってきたときに(二日酔いを避けるために)パンチボールを取り上げる」中央銀行の役割を果たさねばならない。
パウエル議長はインフレ再燃が起きないとするエビデンスが少ないにもかかわらず、全くたじろぐ様子がないのはさすがに法律家出身だけあると感心することもある。しかし、FRBは、エコノミストの立場から、長期的な経済の健全性と金融市場の安定を図るべき時を迎えている。