米国のガソリンスタンドでは6月11日の土曜日にガソリン価格がついに1ガロン=5ドルの大台を越えた。バイデン大統領就任以来、ガソリン価格は実に2倍になったわけである。
クルマ社会の米国では、このような類例を見ないガソリン価格の急騰で政権が国民の怒りを買うのは当然だ。民主党が11月の中間選挙で勝利を得るのは難ますますしくなった。
このエネルギー高は米国の消費者物価に跳ね返っている。5月の前年比が8.6%と3か月連続で8%を上回り、1981年12月以来約40年ぶりの物価高騰となった。
インフレ抑制のため、6月15日に米国連邦準備制度(FRB)は異例の0.75%利上げに踏み切り、さらに7月、9月と大幅利上げの姿勢を示している。
バイデン大統領は石油価格の急騰の多くはロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻のせいであると繰り返し説明している。北海ブレントはバーレル当たり110ドル前後の高値圏で推移している。
2年前の2020年春に新型コロナの感染が拡大して石油需要が急速に低下したころはバーレル当たりわずか10ドルの安値圏にあったので、隔世の感がある。
バイデン大統領も政策の最優先課題として物価抑制を掲げ、巻き返しに必死である。とくに石油価格の安定については、海外、国内に対して供給増加を訴えている。
バイデン政権は需給調節弁(swing producer)の役割を果たすサウジアラブビア(以下サウジ)に増産を要請してきた。OPECプラス(OPECにロシアなど10か国が加わった国際的な供給調整機関)はバイデン大統領の要請を受け入れて増産ペースの拡大を決定したが、なお十分な供給量とはみられていない。
そこで、バイデン大統領は来る7月15-16日にサウジを訪問、石油価格の安定を協議することを明らかにしている。
しかしながら、このサウジ訪問はバイデン大統領ならびに民主党が主張する人権主義の尊重とは矛盾する動きである。バイデンは増産要請への応諾と引き換えにサウジ皇太子を非難し続けてきた、いわゆる「カショギ事件」への対応を不問と付すのではないかと疑われている。
サウジのジャーナリストであるジャマル・カショギ記者はワシントンポスト紙にサウジ政権に批判的な論説を寄稿していた。そのカショギ氏が2018年10月13日にトルコのイスタンブールにあるサウジの総領事館で殺害された。
米国の国家情報長官室はこの殺害を指示したのがサウジのムハンマド皇太子(MbS)であると断定して公表した。
バイデン大統領はこれを受けて制裁措置や査証(ビザ)制限、さらにはサウジへの武器売却の取りやめなどを検討していると伝えられていた。このサウジ訪問では厳しいスタンスが維持できず、一転して妥協を図るのではないかと疑われている。
サウジを筆頭とする湾岸諸国はウクライナでの戦争長期化の中で、ウクライナに対する徹底した支援を複雑な気持ちで眺めている。
こうした安全保障問題と並んでバイデン大統領はエネルギー問題、とりわけ石油の増産要請を主要テーマとして取り上げることを明らかにしている。世界の産油国の中でサウジアとアラブ首長国連邦(UAE)の二カ国の増産余力が大きいからだ。
バイデン大統領は国内でもなりふり構わず石油増産に努めてきた。国内戦略備蓄を史上最大規模での放出することを決定したほか、公害規制の観点から施行したシェールオイル開発防止策を一時的に差し止めることも決めた。
こうした中、バイデン大統領は6月15日、米国の大手石油会社が「ロシアのウクライナ侵攻で戦時下にあるにもかかわらず、生産を増やそうともせずに、空前の利益を上げている」「石油精製で上がる利益が正常な水準を大きく超える中で石油製品を高値で米国の家庭に押し付ける姿勢は許容できない」と強く非難する公開レターを発出した。
ちなみにバイデン氏から「神よりも稼いでいる」と嫌味を言われたエクソンモービルの22年1~3月の純利益は54億8千万ドル(6,740億円)と前年同期の2倍に膨らんだ。
しかし、バイデン氏は大統領選挙中から気候変動を防止する観点から、化石燃料(石油、石炭等)の生産・消費を抑制すると誓っていた過去を忘れたかのようだとの論評もある。
たしかに、国内生産は日量1,160万バーレルにすぎず、新型コロナ感染前の1,300万バーレルに及んでいない。エネルギー庁(DOE)のジェニファー・グランホルム長官(元ミシガン州知事)は石油オペレーターたちを前にして「(ウクライナでの戦争が起きている下で)米国は戦争状態にある。あなた方はもっと多くの生産を直ちにすべきである」と檄を飛ばした。
これに対してAPI(全米石油協会)は「我々はエネルギー需要の増大に応えるべく日夜努力を重ねている」と言う一方、「地球温暖化防止のための温暖ガス排出抑制に取り組んでいる(化石燃料である石油の新規掘削はできないとの意味)」と嫌味を言った。
シェールオイル業界もバイデン大統領の要請に対して総じて冷淡である。その第一の要因は、米金融界、ウォールストリートがシェールオイル業界に対して厳しく財務内容の改善を迫っているためだ。
シェールオイル業界はこれまで成長重視で収入の大部分を開発投資に充ててきた。そのため、収益面では赤字の先が多かった。しかし、株主は配当を要求し始めており、これがホワイトハウスの要請を上回る力を持っている。
ちなみに増配要請にこたえるため、今年、シェールオイル業界によって創出された現預金の水準は過去20年のキャッシュ創出額を上回る規模となりそうだと見られている。
第二には新規に掘削したくともインフレ高進のなかでの投資コスト、人件費コストの増大とサプライチェーンの混乱による必要器具の入手が簡単ではないこともあって、能力増強や増産が思いとおりに行かないという事情もある。
このようにバイデン政権は人権外交や温暖化防止といった政権の目玉政策にいったん目をつぶってでも、11月の中間選挙を優先して石油価格の安定に懸命である。
しかし、そこまでしても110ドルを越えた石油価格の低下を実現するのは容易ではあるまい。
ウクライナ戦争が早期解決すれば石油価格が安定に向かうことは十分あり得るが、バイデン大統領は、戦争の長期化を覚悟していると言われている。まさに八方塞がりの状況を打破していくのは、相当の困難が伴うであろう。