ブラジル中央銀行では、8月4日、最近20年間で最大の幅となる1%の利上げに踏み切った。政策金利の水準は4.25%から5.25%に引き上げられた。
インフレ高進を抑制するためであり、利上げは3月に約5年半ぶりに0.75%の利上げに転じて5、6月も各々0.75%の大幅引き上げを実施するなど、4回連続の利上げとなった。
政策金利は、コロナ感染からの景気回復を狙って下げ続けて3月までは歴史的な低水準である2.0%であった。
2億人を越えるというラテンアメリカ最大の人口を有するブラジルでは20年春の新型コロナの感染拡大から立ち直りつつある。一方でインフレ率が加速してきた。
その背景には為替レートの軟化、世界景気の回復に伴う原材料価格の上昇、今世紀最大級と言われる大干ばつの影響を受けた農産物価格の急騰などの複合的要因が響いている。6月の消費者物価上昇率は8.35%とブラジル中銀のインフレ目標値(3.75%)の二倍以上の水準となっている。
ブラジル中銀では、次回会合でも1%の追加利上げを予告している一方で、デルタ型変異ウイルスの拡大をブラジルのみならず、世界経済にとっての大きなリスクと指摘している。
世界的にみて、中国、米国の経済拡大などを背景に原料品市況が高騰しているほか、半導体ショックに代表されるボトルネック現象などに影響された物価の上昇に対して世界の中央銀行の対応は分かれている。
米国や欧州中央銀行(ECB)などでは、最近の物価上昇は、昨年コロナ感染の下での需要低下から物価が下落していた反動やいずれ元通りになるサプライチェーン上のボトルネックを反映した一時的な動きに過ぎないとしている。
一方でブラジルのほかロシア、メキシコ、チリなどが物価の上昇を目の前にしてこれまでの超緩和措置を改めるに至っている。ラテンアメリカ諸国はハイパーインフレの記憶がまだ目新しいことが物価抑制重視のスタンスにいたっている。
ブラジルでもほんの一世代前の1990年代までいわゆるハイパーインフレを経験している。とくに93年が1,925%、94年が前年比2,076%と2年連続で約2,000%近い上昇となった。
その頃の記憶が蘇っていったんインフレ心理に火がつくと燎原の火のようにインフレが広がってしまう懸念が大きい。
さらに食料価格の急騰は数百万人単位で飢餓の危険性を高めている、という社会政策上のリスクが高まっている。公共性の高い輸送運賃や家賃も上昇度合いを強めており、このまま放置すれば、バス運賃など公共輸送分野の値上げで暴動が起きたように一般国民の怒りを招こう。
ブラジルの積極的なインフレ抑制スタンスには、今年2月、漸く正式に中央銀行としての独立性を認められたことも政治的圧力をかわせるようになったことも効いている。
一方でブラジルは長引く不況によって依然として2014年の水準を超えていない。ちなみに実質成長率は2014年以降、15、16、20年と三度マイナス成長に陥り、17~19年も1%台にとどまった。
この点からは経済の潜在能力を下回っているのを改善するためには金融政策は緩和的スタンスを取り実質金利をマイナスの水準に置いておくべきであるとの議論もある。
現にブラジルの失業率は14%台と現行統計を開始した2012年以来の過去最悪水準にあるのも事実だ。成長とインフレ抑制の間のバランスを取る難しさを物語っている。
しかし、ブラジルの景気全般としては、コロナ感染の拡大に対応した財政支出の拡大や思い切った金融緩和といった財政金融政策もあって20年央を景気の底として最悪期を脱したと見られている。
「熱帯のトランプ」と呼ばれたボルソナロ大統領が「コロナは風邪のようなもの」と軽視して、厳格な都市封鎖(ロックダウン)を抑えたことも、ある意味では成長を大きく落ち込ませなかったという皮肉な結果になった側面もある。
20年第二四半期(2Q)の前年比-9.7%と四半期統計としては過去最大の落ち込みを示した。しかし、その後、3期連続でプラス成長(20/3Q 7.8%→20/4Q 3.2%→21/1Q 1.2%)を示している。
ラテンアメリカ諸国の中では相対的に経済パフォーマンスは悪化していない。ちなみに経済協力機構(OECD)の見通しではブラジルの実質GDP伸び率は20年が3.7%、22年が2.6%となっている。
ブラジル中銀がインフレ期待の上昇を抑えようとしている躍起となっている金利引き上げ措置はやむを得ない選択である。
インフレ心理の台頭を抑えたうえで、ボルサナーロ大統領が公約していながらコロナ感染の拡大で大方が先送りされている財政・税制改革などの構造改革の実施を通じてブラジル経済がインフレなき持続的成長につながるように切に望みたい。