米国の株式相場は21年上期中、過去50年で最悪の時期を迎えた。S&P500は上期中20.6%の下落と1970年以来の厳しいスタートを切った。この下落幅20%というのは弱気相場の一般的定義にあてはまるものだ。21年末からの米国株式の時価総額は半年でおよそ9兆ドルの減少をみた。またテック株が集中するナスダック市場では上期中下落幅が30%を越えた。
株式市場の雰囲気は米国、欧州における景気後退の可能性によって支配されてきた。FRB、ECBなどの中央銀行はインフレの高進によって金融引き締めを余儀なくされている。かつてのように最後は中央銀行が助けてくれるというグリーンスパン・プットと呼ばれたような株価が下落したら中央銀行が金利低下などで株式市場を支援することはもはや考えられなくなった。
S&P500の値動きを業種別にみると、上半期中に上昇したのはエネルギーセクターのみで上昇率は29%に達した。しかし、他の業種は全てマイナスで、消費関連が-33%、IT関連が-25%となった。ただ電力セクターはエネルギー価格の上昇に伴う電力料金の値上げを消費者に転嫁する能力が高いという事実からインフレヘッジ株として上期中-2%と概ね堅調に推移した。このように今後の株価は全般的に上昇することはなく個別企業のインフレ耐性があるかどうかで決定されてこよう。
世界全体を見渡しても株価の下落は顕著である。欧州のStoxx600は-16%ダウン、MSCIのアジア太平洋市場株価も-18%となった。
ポルトガルのシントラで行われた恒例のECBコンフェレンスでは各国中銀トップから「低金利と落ち着いたインフレの時代は終わった」との趣旨の発言が相次いだ。FRBのパウエル議長は「引き締めの過程で苦痛を経験する可能性はかなり高い」としつつ、「しかし、最悪の苦痛は、高率インフレの抑制に失敗して、そのインフレが執拗に続くことである」とインフレ抑制を最優先する決意を語った。
FRBはさらに0.75%の利上げを今月中に決定するものとみられる。またECBも7月0.25%と2011年以来初の利上げに踏み切る計画である。
当然のことながら市場のセンティメントをみると、FRBが景気後退もいとわずにインフレ抑制に走る姿勢をみて次第に相場の先行きに対する悲観色が濃厚になっている。
次に資本市場全般(債券、株式、銀行借り入れ)の22年上半期(1~6月)の動きを振り返ってみよう。まず、全世界の企業が資金調達した規模(起債、新規株式調達、銀行借入れの合計額)は49兆ドルと前年同期の66兆円を25%下回った。この原因は言うまでもなく先進国の中央銀行がインフレ抑制のために強力な金融引き締めを展開したことに主因がある。
インフレ圧力は、コロナ感染からの立ち直りで経済活動が次第に正常化するなかで次第に高まってきた。さらにウクライナでの戦争、中国の上海におけるロックダウンも加わってサプライチェーンの混乱をもたらした。ウクライナでの戦争は、資源大国ロシアの石油、天然ガスの供給削減も加わって商品価格や石油価格の高騰をもたらした。
格付けの低い企業が起債するジャンク債市場では、リスクを許容する投資家たちが積極的に起債に応じてきたが、記録的な下落で損失をこうむった。ちなみに米国におけるジャンク債の22年上期中発行額は600億ドルと2021年中の2,500億ドルから急減、2009年以来の最低水準となった。
第二四半期の株式新規発行(IPO)は米国で18社、欧州で14社に過ぎなかった。市場の冷淡な反応は使い捨てコンタクトレンズで有名なボッシュロム社の新規上場が典型的だ。同社は計画よりも少ない調達におわったうえ、株価は新規上場価格の1/5に落ち込んだ。
22年上半期の市場動向を見て唯一救いの神となりそうなのはアジア、中近東市場であろう。アジア、中近東市場ではコロナ感染から立ち直り始めた2021年上期のような活況には至らないものの、それでも欧米市場に比べれば、かなり資金需要は強かった。例えば、韓国の財閥LGグループの電池製造会社であり中国最大手を追撃するLGエネルギーソリューション社が1月にソウル市場で上場、総額110億ドルの資金を調達した。ドバイ電力・水公社(DEWA)も60億ドルの大型IPOを行った。アジア・中近東地区では民間企業の社債市場における起債額が3年連続で1兆ドルの大台を越えそうだ。
暗い話ばかりだが、それだけでもない。FRBは金利引き上げが需要を抑え込み、価格上昇を鈍化させることを狙っている。そういう意味では、資本市場における起債鈍化等の動きはFRBの努力が影響を持ち始めた兆候ともみられる。全般的には、米国でインフレが終息してFRBが金融引き締めの手を緩めるまでは企業の資金調達環境は悪化を続けていくであろう。
FRBの利上げによって22年末の政策金利は3.5%と予想されている。これは2008年以来14年振りの高水準である。しかし、金融引き締めがインフレ抑制の効果を早く上げることができれば市場の低迷脱出も早まる筋合いになる。