10月6日、ペルーの首都リマでIMF総会が開催するのに合わせて恒例のIMF世界経済見通しが発表された。2015年の世界経済の実質成長率は4月の3.5%から3.1%に引き下げられた。リーマンショック後、最も低い水準である。
中国の成長率は6.8%で据え置かれたものの、ブラジルが-3%(4月時点では-1%)のほか、ロシアなどの産油国が低迷を続ける見通しだ。米国についても2.6%(同3.1%)と下方修正されたが、利上げを織り込んでも、2016年の成長率は2.8%と2015年を上回るまずまずの水準を予想している。
9月の米国雇用指標が発表されてからは米国の利上げが、年内どころか来年3月くらいまで先延ばしされる、というのが市場関係者の多数説である。10月2日に発表された9月の雇用指標では、失業率こそ5.1%と前月比横這いであったが、雇用者数が前月に比べて14万2千人増と予想の20万1千人を大きく下回った。
さらに7月から3カ月間の用者数が19万8千人増と20万人の大台を割った。また労働参加率も62.4%と前月を0.2%下回った。物価面を見てもFRBが重視する個人消費支出デフレーター(PCE)コア指数は目標の2%には程遠く、8月で1.3%に過ぎない。
これで9月17日のFOMCで9月利上げが先送りになったのは正解であり、年内利上げも難しくなった、との見方が急速に広まった。市場も再びリスクオンになり、一時1万7千円の大台を割っていた日経平均株価も千円以上の上昇となった。ドル高と米国利上げから軟調を続けていた金相場でさえ反発を見せた。
では、このような米国経済の歩みと冒頭で触れたIMFの世界経済見通しの下方改訂で利上げは遠のいたと見ていいのだろうか。注目されるのは9月24日にFRBのイエレン議長が行った講演である。この中で議長は、労働需給の引き緩み(slack)を認めつつも原油安やドル高を通じる物価安定効果はいつまでも続くものでなく、2%というインフレ目標に2,3年後には到達しよう、従って「私自身を含めて多くのFOMCメンバーは、経済にサプライズ要因がない限り、最初の利上げは今年後半に起ころう」と結論付けていた。この講演を素直に読めば、年内の利上げに踏み切る、と宣言したように思える。
筆者は、イエレン議長が講演で示唆した通り、FRBが年内、12月には0.25%の利上げに踏み切るべきだ、と考える。政治面でも来年は大統領選挙の年であるので遅れれば遅れるほど利上げは難しくなる。
イエレン議長も示唆しているように金融政策が実体経済に浸透するのには2,3年はかかるのが普通だ。現在から2,3年後を展望すれば、原油安やドル高といった効果がはげ落ちる一方で景気回復に伴い労働、財市場の需給がタイト化し始め、賃金・物価の上昇テンポが早まっているかもしれない。
新興国への影響を懸念して自国経済の過熱をもたらしては何にもならない。そもそも、米国は伝統的に国内事情を優先してきており、対外配慮はしない国だ。80年代に日本が協調利下げを強いられてバブルに陥り、20%を超えるプライムレートでメキシコ危機に陥った記憶が蘇ってこよう。
金融市場の動きをみても利上げは望まれよう。先進国の量的緩和、ゼロ金利が続き、世界中のリスクマネーが新興国やハイイールドボンド市場などに流れている。ドル高と利上げで新興国、とくにここ数年、ドル建て借り入れを急増させてきた新興国民間企業の債務負担は大幅に増えるであろう。フィンテックの台頭、例えばマーケットプレイス貸し出しの拡大もかつてのサブプライム市場と同じく金融の規律が弛緩しているという側面もある。
こうした状況の下で、慎重に金融の正常化を推し進めていくことが、金融市場における行き過ぎ(excess)を是正して、手を打つのが遅かった場合に必要とされる追加的引き締めの度合いを強めることを防ぐことにつながろう。