ロシア、ウクライナの停戦協議をテーマとするトルコが仲立ちした外相会談がアンタルヤで開催されている画像が流れた。しかし、トルコは国内経済情勢の悪化とエルドアン体制に対する反発の強まりで本来はそれどころではないはずだ。
まず経済情勢悪化はインフレの記録的な上昇にうかがわれる。2月消費者物価は前年比+54.4%と2002年3月以来20年ぶりの高水準となった。消費者物価の品目別内訳を見ると、食料品が+64.5%、交通輸送が+75.8%と庶民の生活と直結した品目が大幅な上昇幅となった。ちなみに昨年12月は同+36%であった。
エルドアン大統領は「金利が上がればインフレも進む」(逆に金利を下げればインフレも収まる)という特異な経済哲学の持主である。この哲学に基づき、昨年も中央銀行にインフレ高進の最中に利下げを強要して2021年12月末までの4か月間で5%の利下げを実現させた。当然のことながら通貨リラは昨年1年間で45%の下落、そして物価は50%高となったわけだ。
エルドアン大統領は通貨の下落で輸出企業の競争力が増して経済成長を促進することができると考えた。たしかに実質成長率は9%となった。しかし、世論調査によれば、国民の75%は政府の経済運営は失敗したと強い不満を漏らしている。エルドアン政権は今年の夏までには物価を安定させると約束しているものの、その言葉を信じる国民は多くない。
エコノミストの多くは利上げを禁じてインフレを抑制するのは不可能であると論じている。さらにロシアのウクライナ侵攻で石油、天然ガス、石炭などのエネルギー価格が急騰している。トルコはこれらのエネルギー輸入のほとんどをロシアに依存している。従ってインフレ率は一段と高まり、今年中にインフレが収まることはなさそうだ。
エルドアン大統領は、昨年12月に大規模な為替介入と国内預金の為替リスクカバーという手を打ってからトルコリラが落ち着いたのをみて「トルコの歴史上、トルコ経済は最強の時期を迎えた」と自画自賛した。エルドアン大統領は選挙地盤である建設業界などの輸出増大で景気が拡大することを熱望していると言われる。
たしかに最近におけるリラの安定には中央銀行の為替介入が果たしてきた役割も大きい。12月だけで通計5回、73億ドルのドル売り・リラ買いを行う大規模介入でリラ安阻止を狙った。また、トルコの国立銀行が手持ちの外貨預金を市場売却する非公式なドル売りも寄与している。リラは1ドル=18.36リラの最安値を付けたのち、昨年の12月23日には11リラまで強含んだのち、現在は14リラ近辺で推移している。
さらに12月には国民の外貨預金への転換(リラ安要因)を抑制する措置を発表した。どこの国でもそうだが、トルコの外貨流出は、目減りを防ぐ狙いからトルコ国民がリラ預金をドル建てなどの外貨預金に転換した部分も大きい。生活防衛の知恵だ。昨年末の時点でトルコの商業銀行における預かり資産の64%が外貨建て預金等となっていた。
そこでエルドアン政権は、リラが急落するさなかの昨年12月20日「リラ建て預金に為替差損が生じた場合には差損分を政府が補填する」との政策を掲げた。それであれば、わざわざ外貨預金にしておく必要もない(リラ建て預金の金利は17%程度なので名目金利が外貨建てに比べて圧倒的に高い)。
2月14日までに外貨預金から137億ドルがリラ建て預金に転換された。外貨建て預金は昨年末の2,640億ドルから2,510億ドルに減少した。しかし、リラ建て預金も50%を越えるインフレ率なので実質金利は30%以上のマイナスである。となると、この政策にも大きな効果は期待できない。
外国人投資家がトルコに戻ってくるかどうかも経済再生の重要な鍵である。しかし、高インフレを放置する経済運営の拙劣さ、法の支配が貫徹されない専制政治を投資家は嫌気している。トルコの外貨準備高は表面上1,110憶ドルと顕著な改善を見せている。
UAEがトルコに接近して50億ドルのスワップ協定を締結するなど各国とのスワップ協定が発動された結果だ。しかし、海外中銀からの借り入れ等による積み上げを除いたネットベースでは最大で600億ドルの借り入れ超に転落している模様だ。これも外国人投資家が逃げる理由だ。
政策当局はリラ安に伴う輸出競争力の向上や観光業の回復から経常収支の黒字転化を狙っている。ちなみにトルコの経常赤字は2020年が360億ドル、2021年中が150億ドルと巨額である。ロシアのウクライナ侵攻によるエネルギー価格の急騰を考えれば絵に描いた餅に終わる気配である。ちなみにトルコは石油も天然ガスもロシアからの輸入に依存している。
次は政治面の動きだ。エルドアンの支持率は40.7%だが、不支持率も54.4%と高い。2023年6月に総選挙と大統領選が行われる。大統領としては、巻き返しを図ってさらに延命を図りたい。選挙キャンペーンの期間中に短期的な解決策であっても経済を持ち上げることができれば政治的な成功につながるとして大衆迎合政策に打って出るのは必至である。
政治的には野党6党が連携を強化してエルドアン大統領の通算20年近くにわたる専制政治を打破しようと動き出している。彼らはエルドアン氏が2018年の国民投票で大統領に大きな権限を付与した現状の法制を見直すことを誓った。「我々は、強固にして、民主主義的かつ公正なシステムを構築する」とうたった共同声明を公表した。
この中にはババカン元財務相、ダウトオール元首相(エルドアンが首相から大統領にシフトした後の後任首相に指名した人物)らエルドアン政権で要職を務めた識者も含まれている。
言うまでもなく国民が高率インフレを放置する拙劣な経済運営に不満の声をあげていることがこのような動きの背景にある。またエルドアン政権下で反体制的な言論、集会が弾圧された状況を是正すること、大統領の任期を1期に限定すること、中央銀行に独立性を与えること、などエルドアン強権政治から民主化政策への復帰を誓っている。
しかし、懸念されるのはエルドアン大統領に対抗して誰を野党からの統一大統領候補にすべきかが決まらないこと、さらにクルド民族を代表する人民民主党(HDP)が共同声明に参加していないこと、などが挙げられる。巧みな政略を操るエルドアン大統領が足並みの揃わない野党陣営の切り崩しに動いて突き崩す恐れも高い。