バイデン大統領が提唱していた1.9兆ドル(約200兆円)、におよぶコロナ感染の救済策である”American Rescue Plan”(以下ARP、米国救済プラン)が上下両院を通過、3月12日に大統領が署名して成立した。
まず、目玉となったのは年間所得7万5千ドル以下の国民を対象とする一人当たり1,400ドル、12月の600ドルと併せて2,000ドルに達する一時給付金である。これだけで必要資金は4,110億ドル、約45兆円に及ぶ。3月中に対象となる米国民に支給すると伝えられており、個人消費を大きく押し上げることは間違いない。
また失業手当の特別割増措置(週当たり300ドル)も9月末まで延長された。必要資金は2,460億ドル(29兆円)。さらに、子供のいる家計向けには税額控除(tax credit)として1,000億ドル(11兆円)を用意する。
このほか、大規模な支出計画となっているのは州、郡などに対する地方政府向け支援で、総額は3,600億ドル(39兆円)に及ぶ。ARPに反対した共和党からは「サンフランシスコでは財政赤字の92%相当額が連邦支出で一掃される破天荒な規模」と批判している。
もちろん、GDP比9%に及ぶ大型救済プランであるので実体経済への刺激効果も極めて大きい。OECDでは本措置によって米国の本年のGDP成長率が6.5%と1984年以来となる6%台の成長になると絶賛している。
最近におけるニューヨーク株高も、ワクチンの接種拡大、世界主要国での経済交流再開機運の高まりとともに、この1.9兆ドルに及ぶARPの影響が大きいとみられる。ちなみに民間エコノミストの予測では4~6月のGDP(前期比年率)は年率10~11%と二桁を見込んでいる。
株価はこれを見越してテック企業株(GAFAやテスラ―)に代わって需要増で恩恵を受ける石油企業、機械や金利上昇で収益性が上がる銀行などが高くなっている。
このARPの大規模な財政支出を米国民も大歓迎している。世論調査では70%という圧倒的多数がこのプランを評価しており、反対派は28%に過ぎない。全米で共和党支持者がラフにみて40%いるとすると、共和党員ですら一部が賛成に回ったことになる。こういっては何だが、多額の小切手を目の前にぶら下げられて反対する人が少ないのは当然でもある。
ケビン・マッカーシー下院議員など共和党幹部は「コロナウィルスが経済的に及ぼす悪影響を相殺するに必要な規模をはるかに超えた大盤振る舞い」とARPを強く批判する。しかしARPに反対票を投じた共和党議員の中からも個人、中小企業支援を評価する声もあり、民主党からは裏切り者呼ばわりをされている。
これに対して、民主党は「コロナで傷ついた低所得者層に対する十分な保護を実施、これにより米国の社会的なセーフティーネットを強化する。コロナウィルスによる打ち続くダメージを終わらせるために必要な措置だ」と反論する。
ジャネット・イエレン財務長官の「大きく行動する(act big)」という主張とも符丁が合っている。上記のように米国民の高支持を得られているため、このままいけばARPは来年の中間選挙を控えた選挙対策としても大きな貢献をしそうである。
しかし、バイデン大統領ないし民主党が勝者となったと見るのは早計であろう。このような拡張的な財政支出を通じる経済、社会への介入が近い将来、試練にあうのも間違いないと思われるからだ。ひとつはこのような大規模支出を実行するだけの財源の確保である。二つ目はラリー・サマーズ元財務長官らが懸念を表明したインフレ再燃と長期金利の上昇である
バイデン大統領は、今後のインフラ関連投資の拡大や気候変動、医療・教育制度改革など3兆ドルを超す財政支出のファイナンスが必要となる。富裕層、企業に対する大規模増税を提案しているが、それが実行できるのか。さらにはそれだけで財源が足りない場合はどうするのか、といった課題に直面している。
パンデミックに対抗するため、給付金などの所得補償が必要であることに異論はない。しかし、果たしてこれほどの規模が必要なのかは疑問である。ARPが過剰な規模だという証明は、昨年以降における米国民の貯蓄率の急上昇にうかがわれる。
潜在的な購買力の急増は、サマーズ氏らが指摘するようにインフレ率の上昇をもたらしかねない。一方でバイデン大統領が増税措置を先送りして国債発行での赤字ファイナンスに依拠するようなことになれば、米国債金利が一段と上昇することは必至である。
社会的な観点からは、政府の介入を許容する米国民の独立自尊の精神が変質してきたことに驚かされる。歴史的にみれば、このような大規模な財政支援は、2008~2009年のオバマ大統領時代のリーマンショック時の緊急対策の規模を抜き、フランクリン・D・ルーズベルト大統領時のニューディール時代に匹敵するものであろう。
1980年代、共和党のレーガン政権時代には、規制緩和、低税率、歳出削減を骨格とする自由主義を標榜していた。その共和党は民主党の「大きな政府」路線に対してなす術もなく、そのレーゾン・デールを問われているともいえそうだ。いずれにせよ、米国では社会の分断、中間層の没落などを背景に、政府の介入を良しとする欧州流の社会民主主義化が進んでいる、と言っても過言ではあるまい。