中国の上海株価の暴落、実体経済のスローダウンが明らかになる中で9月4,5日、トルコのアンカラでG20(20カ国蔵相・中銀総裁会議)が開催された。席上、中国人民銀行の周小川総裁が「上海株式市場では6月以降3度のバブル調整が起きて、特に人民元の切り下げを発表した8月中旬の3回目の暴落は国際金融市場に多大の影響を及ぼした」と初めて自国の株価暴落がグローバルにも大きな影響を与えたことを認めた。
8月中旬の上海株価暴落により世界の株式市場の時価総額は5兆ドル(600兆円)も失われただけに当然であろう。ただ中国では自由主義経済圏と違って個人の株式保有比率は低く、株式暴落の影響自体は大きくない。このため、個人消費が冷え込むといった懸念は杞憂に終わろう。
問題は、むしろ中国では不動産市場も下落を辿り、過剰設備と不動産開発に多額の資金を投入した地方政府の過剰債務問題の処理も始まっていることだ。人民元の下落は輸出振興に狙いがあるというよりも大幅な資本流出で人民元に下方圧力がかかっているのを追認したという側面が大きい。
外貨準備高はピークの4兆ドルから3兆6千億ドルへと1割少なくなった。人民元の下落を阻止するためのドル売り・元買いの外為介入が主因とみられる。
中国の高度成長で吸い寄せられていた外国からの直接投資、銀行融資などの資金が逆流しているためだ。中国にとって当面の最大課題は現在のペースで行けば外貨準備も2年で枯渇するであろうという大量の資本流出をどうやって食い止めるかであろう。
実体経済は旧満州を中心とする工業地帯では鉄鋼、化学等の大幅減産の影響は出ている。しかし、中国経済もサービス業のウエイトが高くなっており、製造業の不振をカバーしうる。政策面でも貸出金利が4.6%、預金準備率が18%と高水準であることからみても一段の金融緩和の余地はある。金利のゼロバウンドにぶつかり量的緩和に追い込まれた先進国とは事情が異なる。
ただ「新常態」という表現で投資主導の行き過ぎを是正して景気のスローダウンを容認するという習近平総書記の戦略は思いのほかの景気下振れによって見直さざるを得ない。またこの際、李克強総理に責任を押し付けて民衆の不満をかわそうという報道もある。しかし、習近平総書記の場合、普通は総理に委ねる経済運営を自らが指導権を発揮してきたので責任逃れは出来ない。自ら必死で景気悪化のソフトランディングを図るしか政争で生き残るチャンスはない。
中国経済の急速な減速は対中貿易のウエイトが高いアジア太平洋諸国、すなわち台湾、タイ、インドネシア、豪州などの景気を直撃している。米国の利上げが迫っていることも影響してこれら新興国からの資本流出が目立ち、為替も急落している。
また中国による資源の「爆買い」が弱って原油価格が一時バーレル当たり30ドル台に落ち込み、鉄鉱石、非鉄金属、石炭から小麦、とうもろこしに至るまで資源価格全般が今世紀に入っての安値を付ける始末だ。世界貿易全体が委縮しており、特に新興国の貿易量は15年上期にリーマンショック以降初のマイナスに陥っている。
このように、リーマンショック後の世界景気をリードしてきた中国、さらに新興国全般が景気スローダウンに陥り、商品市況も安値を更新している。世界的な株安も改まっていない。
こうした中、早ければ9月にも実施と見られていたFRBの利上げが10月ないし12月まで遠のくとの観測が増えている。ダドリーNY連銀総裁の発言やサマーズ元財務長官もそうした考え方を示唆している。
2006年以来の利上げになるので慎重を期すのは当然であろう。しかし、失業率が5.1%まで低下して株価収益率(PER)も16~17倍の水準となっているのは通常では金融引き締め局面である。米国の持続的成長のために早期に利上げに踏み切るべき、とFRBが判断すれば国際情勢に顧慮することなく政策変更をして来るであろうし、長い目で見れば世界経済にとってもその方が利益が大きい。
そもそも、世界的株安は本当に上海株式の暴落とその後の中国政策当局の拙劣な対応のせいであるのか疑問である。確かに世界的株安のきっかけとなったではあろう。しかし根本的には先進国、新興国を問わず、中長期的な観点からの企業の投資意欲が盛り上がりに欠ける、つまり投資機会を増やすような政府による構造改革、規制緩和の姿が見えないことが株式市場の不安定さを生んでいるのだ。
金融超緩和により株式市場に流入している投機マネーも積極的な企業家精神の発露による経済の持続的成長に内心、疑問を感じているので、何かをきっかけにマネーを引き上げてしまう。本当に問われているのは「三本の矢」の三本目の矢の具体化がさっぱり浮かばないわが国をはじめとする各国政府の改革姿勢である。