ドイツでは12月18日に北海に面する北部ウィルヘルムスハーフェンに同国初の浮体式LNG基地が稼働を開始した。ドイツとしては異例のスピードと言える半年強で着工から完成にこぎつけた。
これまではガス使用量の55%をロシアとのパイプライン経由で供給を受けていたため、ドイツには液体のガスを気体に戻す設備を備えた基地がなかった。これで米国や中東カタールなどからのLNG輸入が可能となる。同国では天然ガス代替調達のため、2つのLNG基地と残り4つの浮体式エネルギー基地を建設する予定である。
ウィルヘルムスハーフェン基地の開所式に立ち会ったショルツ首相は「エネルギー安全保障に非常に大きな貢献になる」と力説し、ドイツがエネルギーの脱ロシア化に向けて第一歩を示したことを強調した。ただ、同基地のガス使用量に占めるシェアは6%に過ぎない。ロシアからの供給の穴埋めのためのLNG基地の建設には時間を要するため、エネルギー危機は去らない見通しだ。
ドイツでは、ロシアからの天然ガス供給停止からインフレの高進と経済成長の大幅鈍化をもたらしている最大の要因だ。11月の消費者物価は前年比10.0%と二桁台に止まる。欧州委員会の見通しでは、来年の実質成長率は、エネルギー価格の高騰に伴う生産活動の低下、ECBの利上げによる投資マインドの悪化、実質所得の低下の伴う消費の落ち込み、などから-0.6%とマイナス成長に転落する見通しだ。
さらにドイツが中国の輸出市場への依存度がずば抜けて高いことも問題視されるようになっている。ちなみに中国は輸出国として第二位、輸入国として第一位の貿易相手である。ドイツは中国市場の成長性と広大さに着目、経済的メリットを優先して長年にわたって経済関係を緊密化してきた。欧米諸国がプーチンや習近平など専制政治を強める体制との対決色を強めている中で、その咎めが出てきたとも言えよう。
またドイツ経済は製造業のウェイトが高い(GDPの20.8%)が、それを支えてきた中小企業の競争力に陰りが見え始めたとの指摘も多い。とくにマザーマーケットであるドイツ、EU市場の成長性が低く、米国、中国、東南アジアなど製造拠点をシフトさせる「空洞化」が懸念されている。
ドイツ内外からロシアのウクライナ侵攻、中国の習近平総書記による専制政治体制を機にドイツは持続可能なビジネスモデルに変えていくべきだとの声が強まっている。つまり、ロシアの安い天然ガス供給、豊富な熟練労働者、輸出先の偏り、などを是正して新しいビジネスモデルを作るべきだとの議論が盛んになっている。
まず、エネルギー価格の高騰とロシア依存による安いエネルギー供給の時代が終わったことにいかに対応するかだ。ちなみにドイツはウクライナ侵攻以前にはロシアから天然ガスの55%、石油の35%、石炭の50%を輸入してきた。石炭は22年6月以降、輸入を停止したほか、天然ガスもノルドストリームの損傷により輸入が完全にストップしている。石油についても22年末までの停止を目標に掲げた。
ドイツ企業はロシアからの供給の完全停止を前提に、LNGなど他エネルギーへのシフト、省エネ、さらには減産まで視野に入れて事業モデルを再構築することを迫られている。
政府統計によると、ドイツではエネルギー多消費型産業(金属、化学、グラス製造、セラミックス、製紙、繊維)などの就業人口シェアは23%を占め、150万人の労働者の雇用が危機に瀕している。
もっとも打撃を受けるのが陶磁器、ガラス製造などだ。エネルギー多消費型産業である。代表例はドイツが世界的にも有名な陶磁器製造だ。プロシャのフレデリック大王時代の1763年に設立された王立磁器製造所の後身で有名なKPMでは火力の強いガスによって1,600度で焼結している。ガスの代替エネルギーではこの高温を得るのは難しく代替は効かない。
このため、同社ではガス使用量を10-15%削減する、週末の電灯、暖房を止める、などの努力をしている。しかし、エネルギー以外でも原材料から包装材に至るまで大幅なコスト増になっており、大幅値上げを余儀なくされそうだ。
シュルツ首相は9月に2,000億ユーロ(約29兆円)のエネルギー関連支援策を発表した。エネルギー価格の上限を定めて、企業ならびに家計に対して高エネルギーコストの影響を和らげる「ブレーキ」の役割を果たすことを狙っている。例えば、電力料金では、一般家庭と中小企業が消費量の80%まで1kWh当たり12セントを、大企業では消費量の70%まで同7セントに料金を引き下げる内容となっている。
もっとも重要なことはロシア産エネルギー輸入の代替を早急に確保しなければならないことだ。石炭火力発電所の再開、原子力発電の稼働を延期する、LNG輸入基地の建設促進など、できることは何でもやらなければならない。
一方で、風力、太陽光発電など再生エネルギーに基づく発電シェアを現在の50%から2030年までに80%まで高め、これによって2045年までにカーボンニュートラルを達成する計画も必達であろう。この目標達成は極めてチャレンジングなことではあるが、ドイツの産業が生き残りを図るには、ロシア産ガスへの依存をなくす道はこの再生エネルギーのシェア拡大以外しかない。
中国市場への過度の集中もリスク材料だ。有名なのは自動車のフォルクスワーゲンの中国依存だ。かつて世界販売台数1,000万台を記録した同社では中国で400万台を売りさばいていた。化学製品も中国市場は世界全体の50%を占め、ドイツ企業の本拠がある欧州市場よりかけ離れて成長度も高い。
例えば、ドイツ最大の化学メーカーであるBASF(ビーエーエスエフ)では、広東省に全社生産の15%に相当する生産能力を持つ工場を総費用100億ユーロで建設中である。同社として過去最大の海外投資になる。ただ経済安全保障の観点から同社の中国シフトを危ぶむ声が増えている。ドイツ全体でも脱中国は容易ではない。
ショルツ氏はSPD(社会民主党)出身であるが、ショルツ政権は緑の党、FDP(自由民主党)との連立政権である。緑の党は人権問題にうるさく、FDPはサプライチェーンにおける中国依存のリスクの観点から共に中国に対して厳しい姿勢を示している。
ショルツ政権は11月初めにドイツ経済界の代表団とともに訪中して経済界の中国市場の重要性を「中国との経済・貿易協力の強化」を謳った。しかし、ハ-ベック経済相、アボック外相(ともに緑の党)から人権問題を重視すべきこと、中国企業による先端企業投資には慎重を期すべき、と釘を刺されている。
いま最も恐れられているのは、ドイツから製造業が消滅してしまいかねないことだ。アンケート調査によると、ドイツ経済のバックボーンとなっていた中小企業の4社に1社がエネルギーコストの大幅上昇に直面して海外に拠点をシフトさせようとしている、との結果が出て政府や経済界を慌てさせている。
しかし、エネルギーコストの問題だけでなく、ドイツのビジネス環境が悪化を続けていることも問題視されている。EUは経済成長が低迷を続けているうえ、ビジネスに対する報告義務や規制も年々強化されて中小企業にとってはコスト負担があまりにも大きい。例えば、温暖化ガスの排出規制や消費者保護のための有害と思われる化学物質の使用禁止などである。
ドイツの中小企業が米国に製造拠点をシフトさせる誘因も増えてきた。22年8月に成立した米国バイデン政権のインフレ削減法(IRA: Inflation Reduction Act)では総額3,690億ドルのグリーン化支援策が盛り込まれた。例えば、電気自動車(EV)を購入する場合、購入者は一台当たり最大7,500ドルの税額控除が付与される。
ただし、EVを最終的に北米で組み立て、北米で生産される部品を使って製造されていることが条件である。従って、ドイツの中小自動車部品メーカーはドイツ国内から米国に製造拠点を移すインセンティブが起きる。GDPの20%を占めるドイツの産業基盤は大きく傷つくものと予想される。
10年後に振り返って今日のドイツのエネルギー危機がドイツ産業の空洞化元年と称されるかもしれない。BASF、ダイムラーなどの多国籍企業は生き残れるとしても中小企業、とりわけエネルギー集約型産業は経緯効率化、省エネ、海外シフトなどを通じて新しいエネルギー社会に適合しなければならない。
しかし、ドイツの底力からみて悲観的になることもないと思う。ちなみにへ―ベック経済相は「ドイツ産業の力が衰えることはない。ドイツの発明の才に加えて、われわれ経済省、ドイツ政府のバックアップがあるからだ」と悲観的な見方を一蹴する。
エコノミストの間からもドイツ企業が製造する高品質な製品、高い生産性に加えて政府による天然ガスの価格補助金やLNG転換を促進するためのLNG輸入基地の急ピッチでの建設などの努力がその要因として挙げられる。またドイツの企業は短期的な収益を追わず、長期的視野に立った投資を行い、その専門知識の深さ、卓越したオートメーション技術などからすぐにも消滅するような議論にはなじまない。
過去にもドイツ企業はビジネスモデルの変革を成し遂げた実績がある。シュレーダー首相時代の2003年に「アジェンダ2010」を策定して社会保障システムと労働市場の急激な変革をもたらしたのが良い事例だ。
この改革によって長期失業者を減らして多くの失業者を職に就けることに成功した。2000年代初の高失業、経済停滞が「アジェンダ2010」につながったように、現在の経済危機は同じような大胆な改革プランの策定をもたらすことになると期待されている。
このエネルギー危機を克服するアジェンダとしては、単純労働だけではなく熟練労働者の移民を受け入れること、大胆なインフラ投資プロジェクトの実行を早急に行うこと、スタートアップ企業の資本調達を容易にするような資本市場の開放策を実施すること、経済全体、とりわけ遅れている行政府のデジタル化を推進すること、などが織り込まれるべきだ。
いずれにしてもエネルギー政策、中国との経済関係の見直し、中小企業の基盤強化などショルツ政権が取り組まなくてはいけない課題は山積している。