世界的ないわゆる半導体ショックで自動車の生産が大幅に落ち込み、景気への悪影響が避けられない見通しだ。コロナ禍でサプライチェーンがボトルネックとなっているのは物流も同じで中国からアメリカ西海岸を結ぶコンテナ運賃はコロナ前の10倍に上っている。
半導体ショックの次に控えるのはエネルギーショックである。中国では景気回復に伴う工業生産の拡大などを背景に石炭の供給が不足して価格が高騰している。ちなみに中国における石炭のスポット価格(トン当たり)6月に950元、7月1,100元、8月1,300元から現在では1,700元、263ドルまで上昇している。
無理もないのは中国の電力発電のおよそ7割が石炭火力に依存しているからだ。専門家の推計では今年の電力需要が15%も増加するのに対して石炭の供給は5%しか増えない見通しだ。輸入を増やそうと思っても最大の産地豪州とは貿易摩擦や安全保障問題を巡る緊張激化でめどが立たない。
習近平政権も北京での冬季オリンピックを控えて、北京、上海など大都会においてスモッグのない青空を演出するためにも石炭消費を抑制指導してきた。もちろん脱石炭は、習近平政権が公約している2060年に脱炭素社会、いわゆるエミッション・ゼロ)を実現するためにも不可欠だ、という現実の石炭不足との間で矛盾を生んでいる。
そうなると、中国としてはよりクリーンなエネルギーである天然ガス、とくに中近東や東南アジアから輸入するLNG(液化天然ガス)に消費を振り向けるのが当然である。そこで衝突するのが熱源として天然ガスのウエイトが高い英国やEUなどの欧州諸国である。ロシアのパイプラインからの供給が増えず、またLNG船を回して遠方から輸入しようにも、中国がいくら高値でもいいからボリューム量確保を優先しろ、という国家政策の壁がたちはだかる。
エネルギーの王様、石炭と並び地球温暖化をもたらす化石燃料の代表格である石油も北海ブレントがバーレル当たり80ドルの大台を越えた。石炭、天然ガス価格の高騰にもつられている。世界主要国がコロナワクチンの接種拡大などから産業活動を拡大していることが大きい。さらには世界各国でコロナ感染拡大を阻止するために導入した旅行制限の緩和も自動車のガソリンや航空機燃料の増加につながっている。冬場の暖房需要に備えた在庫積み上げもある。
このようなエネルギー価格の上昇は世界主要国のインフレ率急上昇の大きな部分を占めている。ドイツでは9月の消費者物価は前年比4.1%と29年ぶりの高水準となっている。29年前といえばコール首相時代で東西ドイツ統合後数年のことだ。とくにエネルギー価格が前年比14.3%と際立っている。
ドイツでは、こうなると黙っていないのが金属労組(IGメタル)を筆頭とする労働組合だ。多くの労組で早速、賃金の大幅上昇を要求してストライキに入る構えを見せている。IGメタルの賃上げ要求幅は4.5%あたりになろう。物流業界ではトラック運転手が6万人いるが、物流増加で不足が深まる見通しなので大幅賃上げは不可避だ。トラック運転手と言えば物価上昇の続く英国でも年収1千万円を提示してもなかなか運転手が集まってこない。
米国では8月の消費者物価が前年比5.3%、生産者物価(PPI)にいたっては同8.3%と2010年11月の統計開始以来最高の水準となった。バイデン大統領はガソリン価格の上昇が続けば来年の中間選挙で不利になることもあって、トランプ前大統領と同様に、サウジアラビアなど産油国に増産要請を行っている。本来、地球温暖化防止に取り組むのであれば矛盾する言動である。
エネルギー価格の大幅な上昇は行き着くところ、地球温暖化防止に取り組むための当然の代償という性格もある。電力発電でいえば石炭・石油・天然ガスに代わって風力発電や太陽光発電が電源シェアとしても発電コストとしても化石燃料を下回るのには今少し時間がかかる。ガソリン需要を減らそうと電気自動車(EV)の導入を各国政府ならびに自動車メーカーが進めてきているが、バッテリーの軽量化、低コスト化に課題を残している。
したがって、いま暫く、既存の化石燃料の需要が強まり、価格上昇を招きがちであるのは避けられない。グリーン社会を実現するには、バイデン政権ですらやや消極的な排出権取引市場の拡大などの一段の政策推進が不可欠である。それと合わせて、2018年に起きたフランスの「黄色いベスト」運動からも明らかなように、燃料税の引き上げなど燃料コストの引き上げは一般国民の生活を直撃する。
主要国が地球温暖化に向けて動く際には、簡単に収まりそうにもないエネルギーコストの上昇の悪影響を最も大きく受ける中低所得階層への社会政策をうまく導入しなければならない時期に来ていると思う。