米WTI原油先物価格はこのところ1バレル=40ドル前後で推移していたが、10月下旬に入ると新型コロナ感染の再拡大により、下落傾向が強まっている。
まず供給サイドの動きから見てみたい。
OPEC加盟国とロシアなどの非加盟産油国(OPECプラス)は現在、日量770万バレルの協調減産を実施している。来年1月から日量580万バレルと減産規模を縮小する予定であるが、サウジアラビアとロシアは、コロナ禍の下で予定通り実施するかどうかの最終決定を行っていない。一時生産がストップしていたリビアが、内戦が一時沈静化したことで原油生産量を今後1カ月以内に日量100万バレルにまで急拡大させる見通しとなっていることも悪材料である。
世界最大の生産国である米国の原油生産量は、足元では日量990万バレルにまで減少している。今年3月から日量300万バレル以上の減産規模となっている。将来の原油生産を占う指標である石油掘削装置(リグ)稼働数は、10月23日時点で今年6月以来の水準(211基)に回復しているが、財務状況が依然として芳しくないシェール企業は減量経営を続けている。
その手法の一つが掘削済みの待機井戸(DUC)の活用である(10月23日付日本経済新聞)。DUCは、油井在庫とも呼ばれ、仕上げ工程として水圧破砕すればすぐに生産できる状態にある。掘削のコストをかけずに「在庫の取り崩し」で生産を維持しているのである。
今年に入ってから経営破綻したシェール企業の負債総額は890億ドルとなり、既に2016年の負債総額を100億ドル上回っているが、1000億ドルにまで達するのは確実な情勢である(10月25日付OILPRICE)。シェール関連企業にも逆風が吹いている。米石油サービス大手ベーカーヒューズは3四半期連続の赤字となり、同業のハリバートンも4四半期連続の赤字である。
米国の地下に膨大なシェール資源が眠っている状況に変わりはないが、米国の石油産業にとって「冬の時代」が到来したようだ。
需要サイドに目を転じると、「日量3000万バレルの需要が消えた」とされる今年前半から急回復している。直近の需要減は日量800万バレル程度にまで縮小しているとされているが、ここにきて水を差しているのは新型コロナ感染の再拡大である。
OPECのバルキンド事務局長は10月26日、「世界各地で新型コロナ感染が再拡大していることから、原油市場の回復にこれまでの予想よりも時間がかかる恐れがある」と述べた。英BPも同様の見解を示している(10月26日付OILPRICE)。
原油需要を各国別に見てみると、世界最大の原油需要国である米国の10月のガソリンを中心とするエネルギー全体の消費量が前年比13%減となった。
米国と対照的なのは中国である。ガソリンを始めとする原油需要はコロナ以前の水準に回復し、原油輸入量はこのところ日量1100~1200万バレルと高水準である。
国際エネルギー機関(IEA)は10月13日、「世界の原油需要がコロナ以前の水準に回復するのは2023年になるが、回復は2年遅れる可能性がある」との予測を示している。このような状況から、世界銀行や国際通貨基金(IMF)は「来年の原油価格を1バレル=40ドル台で推移する」と見込んでいるが、「30ドル割れになる可能性がある」との見方もある(10月20日付東洋経済オンライン)。
史上最大規模の協調減産にもかかわらず、原油価格が再び下落することになれば、心配なのは中東経済である。IMFが10月19日に発表した地域経済見通しによれば、中東・北アフリカの来年の実質経済成長率は3.2%だが、この数字は世界全体の5.2%、先進国の3.9%を下回る。中南米やアジアの新興国と比べても回復が弱い。
中東域内の原油売却収入は、今年2240億ドル減少する見込みであり、収入の多様化が喫緊の課題となっているが、その動きは遅々として進んでいない。
「ヴィジョン2030」を掲げて脱石油改革を進めるサウジアラビア経済は、一向に改善する兆しを見せていない。今年7月に付加価値税を3倍の15%に引き上げたことにより国内消費が大幅に減速したことから、10月に入ると一転して不動産取引にかかる付加価値税を免除する措置を打ち出した。
非石油関連の収入を確保するため、イスラム教の聖地メッカの聖モスク内での礼拝を7カ月ぶりに再開するなど観光収入の拡大を図ろうと躍起になっている。
危機的な財政状況にとって「頼みの綱」は、国営石油会社サウジアラムコからの配当である。サウジアラムコの年間配当は約750億ドルであり、サウジアラビア政府は同社株の約98%を所有する。サウジアラムコは昨年の新規株式公開(IPO)の際に、「IPO後最初の5年間は750億ドルの配当を支払う」と表明しているが、原油価格の低迷でサウジアラムコの収入は激減しており、来年以降も高額の配当を続けられる可能性は低いとの見方が高まっている(10月9日付ブルームバーグ)。
安全保障環境も悪化している。10月に入り、イエメンのシーア派反政府武装組織フーシ派によるドローン攻撃が激化するとともに、イスラム国も「サウジアラビアの原油生産を始めとするインフラ施設に対する攻撃」を呼びかけた。
イスタンブールのサウジアラビア総領事館で殺害されたカショギ氏の婚約者が、損害賠償を求めてサウジアラビアのムハンマド皇太子を相手取り、米ワシントンの連邦裁判所に提訴するという動きもある。高まるサウジアラビアの地政学リスクに要警戒である。
新型コロナ感染再拡大で 原油価格下落 |
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【藤和彦の眼】サウジアラビアの政情不安も要注意
公開日:
(マーケット)
Reuters
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藤 和彦(経済産業研究所コンサルテイング・フェロー)
1960年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。通商産業省(現・経済産業省)入省後、エネルギー・通商・中小企業振興政策など各分野に携わる。2003年に内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣参事官)。2016年から現職。著書に『原油暴落で変わる世界』『石油を読む』ほか多数。
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