
2022年3月刊 日本経済新聞社 1000円(税込)
ただ、筆者の古巣の日経新聞を含め、証券市場にはデータの裏付けが乏しい無責任な言説があふれている。国民が誤解していたほうが好都合なためか、証券会社や資産運用会社の専門家も、あまり本当の姿を語ろうとしない。こんな状態のままで投資奨励を呼びかけても、株価上昇時に資金が過度に集まり、下落時に離散することの繰り返しになるだけだ。人口減の日本では株式相場の浮揚力自体が怪しいのに、いいところ取りの言説で個人マネーを動かそうとするのは間違っているのではないか。
筆者は新聞のコラム執筆に当たっては、データの徹底分析にこだわり、通説の間違いを解き明かしてきた。多岐にわたる本書の主張のいくつかをここで紹介しよう。
「受給開始年齢の75歳までの繰り下げを認めるという年金制度改革は、制度設計が悪すぎる」「日本株が上がらないのは将来を見据えて事業を組み立てられるような構想力のある経営者が減ったからだ」「女性躍進の一方で働き盛りの中堅男性が不遇になる現状は経済成長の足かせになる」「新しい資本主義の実現には日銀保有の上場投資信託(ETF)を国民に配るのが一案」という具合だ。
ほかにも日銀や年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の間違った行動、東芝の事業分割案が抱える問題点、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資への誤解、株価がインフレに強いという通説の信ぴょう性などにも触れている。なかには「そんなこと先刻承知」と感じる指摘もあるだろうが、本書はきちんとしたデータの裏付けを示すことにこだわっている。通説をうのみにすることの危うさを感じ取っていただければ、うれしい。
筆者は過去に執筆した本も含め、株価の動きは基本的に偶発性が高く、「銘柄を深く研究したり、投資の勉強を積み重ねたりしても、成功確率が上昇するわけではない」と主張している。読者にはこの点をよく理解したうえで、株式投資に取り組んでほしい。投資目的は人それぞれだろうが、リターンの追求一本やりでは、失敗する可能性もかなりある。苦労して働いて得た自分のお金を使って、どんな企業を応援し、どう社会の発展に役立てるかといった視点が重要だと思う。