先進国の金融緩和は長期化しそうだ。当面のコロナ禍対応もさることながら、コロナ前から慢性化していた低インフレが、そう簡単に変わるとは思えないからである。各国・地域の中央銀行が安定的な2%インフレという高いハードルを目指す限り、未曽有の低金利環境に出口が見えてくる可能性は低い。
日米欧のうち米国については、2~3年のうちに利上げの環境が整う可能性はそれなりにある。米国の場合、コロナ前のインフレ率は平均的に1.5%前後であった。2%物価目標に届いてはいなかったが、射程圏内にはあった。そして今、その米国経済はワクチン接種や大規模な財政政策で急回復しており、今年の成長率は少なくとも6%が確実視されている。
それでも連邦準備制度理事会(FRB)は、利上げに非常に慎重である。現在のゼロ水準を2023年末までは維持するというのが、現時点での中心的な見通しになっている。インフレが2%目標から明白に上振れ続けない限り、ゼロ金利を続けて最大雇用を目指す、という方針を昨年8月に決めているからである。
低金利が長期化すればバブルが助長される。バブル的と思われる現象はすでに随所に見られる。米国の株価は最高値を更新しながら上昇基調にある。日本の株価でさえ、ワクチン接種の遅れで頭を抑えられているとは言え、一度は日経平均が3万円を突破し約30年ぶりの高値となった。
暗号資産の価格上昇も顕著である。ビットコインの価格は、昨年秋には1万ドル前後であったが、それから半年も経たないうちに、5万ドル、6万ドルというレベルまで急騰した。「暗号資産は実体的な価値を持たない」と各国の当局者が警告しても、投資家に響く様子はない。デジタルアートなどをNFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)の形で売買する動きも盛んになっており、法外な値が付くケースもあるようだ。
今年1月には米国で、ロビンフッダーといわれる個人投資家たちがマネーゲームを仕掛け、ヘッジファンドが多額の損失を出した。3月には、英国の金融会社グリーンシルや、米国の個人投資会社アルケゴスが行き詰まり、欧州や日本の大手金融機関に巨額の損失が発生した。低金利が長期化する中で、金融機関は新たな収益源を追求せざるを得ず、リスク管理が甘くなっている可能性は否定できない。
問題は、低金利の長期化が過大なリスクテイクの一因だとしても、低金利が是正される可能性は低いことである。その理由を三つ挙げる。
第一に、各国・地域の中央銀行が低金利を続けているのは、あくまで物価や雇用を目的としたものである。雇用の最大化には本当は金融政策よりも適切な手段があるはずだし、インフレ率を2%まで上げなければならないとする考え方にも見直しの余地がある。しかし、今のところ有効な代替策をめぐる議論が進んでいない以上、中央銀行は低金利を続けるほかはない。
第二に、金融面の不均衡に対して予防的に利上げすべきという議論は、国際決済銀行(BIS)のエコノミストなど一部の識者を除き、きわめて不人気である。予防的な引き締めは理論的には正しそうに見えるが、現実には金融不均衡の予兆を正確に把握することはできない。
それでも十分「予防的」であろうとすれば、結果的に過剰な金融引き締めとなってしまうリスクも、中央銀行は飲み込まなければならない。今の中央銀行にそんなことができるとはとても思えない。
第三に、そもそも低金利とバブルとの関係も、実はそれほど明らかではない。低金利は金融不均衡の「一因」であるとしても、決定的な要因ではなさそうだ。その証拠に日本では、政策金利がほぼゼロになって既に25年以上経つが、その間バブルらしいバブルは一度も起きなかった。バブルの生成は他の諸要因にもっと強く影響されるのである。
以上を冷静に考えれば、金融面の不均衡に対処するうえで圧倒的に重要なのは、金融政策ではなくプルーデンス政策、すなわち金融規制・監督である。適切な金融規制・監督は、過大なリスクテイクを事前に防ぐためだけでなく、仮にバブルが崩壊しても金融システムがそれに耐えうるようにしておくうえで、きわめて重要である。
実際、前述したアルケゴスの事例にしても、個別の金融機関に大きな損失は出たが、金融システム全体を揺るがす問題には発展しなかった。これは、リーマンショックへの反省をもとに重ねられてきた国際的な金融規制改革による面が大きい。
そうした金融規制強化の流れの中でも、今日に至るまで弱点とされ続けてきたのが、各種のファンドなどノンバンクに対する規制である。アルケゴス問題は、まさにその弱点を突かれた典型事例である。コロナ第一波に襲われた昨年春の金融市場の動揺も、ノンバンクの動向が大きく影響した模様だ。
わかっていながら難しいノンバンクの規制・監督をどう進めていくかは、国際的にも改めて重要なテーマとなっている。前述のとおり、たとえバブルのリスクはあっても低金利政策の是正は期待できない。低金利の長期化を大前提として、それでも大きな金融不均衡が蓄積されないよう、規制・監督当局の役割はますます重要になる。
バブル防止 金融政策より金融規制・監督で |
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【門間前日銀理事の経済診断(42)】ノンバンク対策が特に急務
公開日:
(マーケット)
アルケゴス本社が入っていると思われる建物=Reuters
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門間 一夫( みずほリサーチ&テクノロジーズ エグゼクティブエコノミスト)
1957年生。1981年東大経卒、日銀入行。調査統計局経済調査課長、調査統計局長、企画局長を経て、2012年から理事。2016年6月からみずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)エグゼクティブ・エコノミスト。著書に『日本経済の見えない真実』(日経BP社)
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