今、グローバル金融市場における話題の一つは、米国長期金利の行方である。このところ、米国連邦準備制度理事会(FRB)の姿勢が急速にタカ派化しているにもかかわらず、10年物国債利回りはこれまで安定を続けてきた。
FRBの最新の見通しによれば、今年中に3回の利上げが行われ、2024年には政策金利が2%を上回る。長期金利も若干上がり始めてはいるが、なおかなりの低水準であり、長期金利の現状を「謎」と呼ぶ市場関係者も少なくない。
ひとつの解釈は、市場はFRBの利上げ見通しをまだ十分織り込んでいない、というものである。もしそうならば、今後FRBの本気度が明らかになるにしたがい、長期金利は明確に上昇するだろう。
しかし逆に、今後FRBが見通しどおりの利上げをできない、という可能性も十分にある。実際、FRBのパウエル議長は「1年以上先のことは誰にもわからない」と述べており、まるで「2023年以降の金利見通しは無視してほしい」と言わんばかりである。
また、仮に2024年に政策金利が2%超まで上がった場合でも、その先の2025年以降の展開は全くわからない。今後10年のうちには再び景気後退が訪れる可能性は十分にあり、その時FRBはまた政策金利をゼロまで下げるだろう。
10年物の金利は10年先までを見据えて動く。政策金利の水準が10年平均でみたときに、高々1%台である可能性は低くない。
この点に関し、中立金利が2.5%というFRBの見立ては高すぎるように思われる。中立金利とは、緩和でも引き締めでもない政策金利水準のことなので、中長期平均の政策金利と言ってもよい。
しかし、コロナ前の景気拡大期には、政策金利は2.5%をやや下回る水準までしか上がらなかった。ピークでようやく2%台前半だったのだから、少なくともこれまで中立金利は1%台だったと考えらえる。
では、コロナ後は中立金利が、FRBが見込んでいるような2.5%あるいはそれに近い水準まで、高まっていくのだろうか。中立金利に影響を与える要因は、①潜在成長率、②中長期的なインフレ率、③その他の要因、の3つである。順番に見ていこう。
第一に、米国の潜在成長率は、コロナ後はむしろ低下する可能性の方が高い。米国でも、日本ほどではないが高齢化が進行しており、労働参加率はもともと低下トレンドにある。そこへ今回のコロナ禍で、早期退職を決めた人も少なくないと言われている。
「大離職時代(The Great Resignation)」が話題になっているくらいだ。これは労働供給の減少要因となるので、潜在成長率にはマイナスの影響を与える。
もちろん、それを相殺する以上に生産性が改善するなら、コロナ後の潜在成長率が高まるという可能性も机上の論理としてはある。しかし、現実をみる限り、コロナ禍をきっかけに生産性の上昇率が高まりそうだという有力な証拠は出てきていない。
第二に、コロナ後の中長期的なインフレ率が、コロナ前よりも高まるかどうかはまだよくわからない。これは、世界がコロナ禍に見舞われた早い段階から、経済論壇で話題になったテーマだが、その答えはまだ出ていないように思う。
確かに足元のインフレ率は非常に高い。高インフレが当初考えられていたほど一時的ではないこともわかってきた。しかし、このインフレ圧力はかなりの程度「ウイズコロナ」の長期化によるものであり、経済がより正常に近づいた段階での中長期の物価の姿は現時点でも見えていない。
たとえ、コロナ後も根強くインフレ圧力が残るとしても、2%物価目標を掲げるFRBが、2%を大幅に上回るインフレの長期化を許容するとは考えにくい。もちろん2%程度でも、それが達成できていなかったコロナ前よりは高いが、コロナ前のインフレ率も1.5%程度はあったので、それほど大きな違いとも言えない。
第三に、中立金利に影響を与える「その他の要因」はどうだろうか。実はこれが2010年代の米国に低金利をもたらした最大の要因であった。
ニューヨーク連銀は米国の自然利子率を推計している。自然利子率とは、実質中立金利と基本的に同じだと言ってよい。その自然利子率は、リーマンショック前は2%台後半で推移していたが、2010年代に0.5~1%程度まで大幅に低下した。
これだけの低下は、当時の潜在成長率の低下だけでは説明できず、「その他要因」が大きかったのである。
「その他要因」の正体が十分解明されているわけではないが、他の先進国でもほぼ同じ時期に自然利子率が大きく低下しているため、そこにはグローバルな要因が含まれているという見方が有力である。
パウエル議長も昨年12月の記者会見で、米国の長期金利には欧州や日本の低金利が影響していると述べた。その日本の長期金利は上昇の展望が全くない。欧州もかなりの程度そうである。
以上を踏まえると、米国の長期金利が今後あまり上がらなくても、実は必ずしも「謎」ではない。もちろん市場は気まぐれなので、長期金利は今後、ボラタイルに動く可能性があることには注意が必要だ。
いずれにせよ今年は、米国の長期金利に着目することで、米国経済そして世界経済の様々な側面が見えてくる興味深い年になりそうだ。
米長期金利 簡単には上がらない |
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【門間前日銀理事の経済診断(50)】カギ握る世界的な自然利子率の低下
公開日:
(マーケット)
パウエルFRB議長=Reuters
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門間 一夫( みずほリサーチ&テクノロジーズ エグゼクティブエコノミスト)
1957年生。1981年東大経卒、日銀入行。調査統計局経済調査課長、調査統計局長、企画局長を経て、2012年から理事。2016年6月からみずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)エグゼクティブ・エコノミスト。著書に『日本経済の見えない真実』(日経BP社)
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