米国や欧州でインフレが高まっており、米国の連邦準備制度理事会(FRB)が3月に利上げを開始することは確実である。欧州中央銀行(ECB)の年内利上げも意識されるようになってきている。
日本でも既にインフレが進行中である。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は直近の1月分でも+0.2%にすぎないが、携帯電話通信料の大幅下落分を除けば+1.7%である。原材料輸入のコストが大幅に上昇しており、エネルギーや食品を中心に物価は上昇してきている。
上記の携帯電話通信料の影響が薄れる4月以降、消費者物価の前年比は2%に近づきそうだ。夏にかけて2%台に乗る可能性もある。異次元緩和10年目にして、2%インフレが初めて視野に入ってきている。市場も日銀の政策修正の兆しに目を凝らす。
しかし、いくら目を凝らしても日銀の政策修正はないだろう。これから起きる2%インフレは、もっぱらコスト高を反映したものであり、持続性はない。2%物価目標の達成とは、2%インフレが中長期的に、空気のように国民生活の一部に溶け込むことである。日本でそのような状態は、異次元緩和をあと10年続けても実現しないだろう。
振り返ればアベノミクス後期の2017~18年頃、日本の景気もかなり良くなった時期があった。失業率は2.2%と四半世紀ぶりの低水準まで低下し、有効求人倍率はバブル期をも上回った。人手不足が深刻化し、中小企業の人手不足倒産が相次いだほどだった。
潜在的な労働供給量に比べて総需要は十分に強かったのであり、当時は完全雇用の状態にあったと判断される。経済がそこまでの状態になっても、2%物価目標の達成にめどが立たなかったということは、2%物価目標は日本の実態に合っていないのである。
したがって前述のとおり、今後も2%物価目標が達成される可能性はきわめて低い。そのような物価目標をさらに何年も続けることには、いくつかの弊害があるように思う。
第一に、日銀の異次元緩和は半永久的に終わらない。日銀は現在、マイナス金利、10年国債利回りの低位固定、ETFを通じる株式の買い入れ、などの異例な金融緩和を続けている。世界的に見ても、ここまで極端な金融緩和を延々と続ける中央銀行はない。
異次元緩和はアベノミクス初期において、日本経済を取り巻く沈滞ムードを一変させたと評価されている。しかし、その役割はとっくに終わっている。極端な金融緩和をこのままあと何年も続ける意義は乏しい。
第二に、2%物価目標の存在は、「失われた20年」「失われた30年」という自虐的な日本経済観を払しょくしにくい一因になっている。米国など他の先進国に比べると、日本経済の中長期的な成長率は確かに低い。しかし、それはあくまで人口の減少・高齢化によるものであって、経済固有の強さを表わす生産性上昇率でみれば、日本は他の先進国とほぼ同じである。
ところが政府は、2009年にデフレ宣言を出したきり、今なおデフレ脱却宣言を出していない。2%物価目標が未達という理由でデフレ脱却宣言が出されないのであれば、デフレ脱却宣言が出される時は来ないかもしれない。政府が「デフレ脱却を目指す」と言い続けることが、それをいつまでも聞かされる日本人の潜在意識に、「この国はこのまま良くならないのではないか」というイメージを固定化させることが心配だ。
第三に、そのことと関連するが、2%物価目標の存在は金融政策だけでなく、財政政策など経済政策全般に広くゆがみを与える可能性がある。コロナ禍への対応で政府債務残高が大幅に膨れ上がったため、今後は財政健全化への道筋をつける必要がある。
もちろん、財政健全化をどう定義するかは自明ではない。例えば、プライマリーバランスの黒字化を、しかも特定の時期までに達成することが、最も適切な財政運営なのかどうかについては異論もある。筆者もどちらかと言うと、機械的なプライマリーバランスの黒字化にはあまり賛成できない。財政政策は、最初に赤字や黒字の金額ありきではなく、経済・金融情勢を踏まえて運営されるのが望ましい。
ただ、財政健全化をどう定義するにせよ、日本経済の「正常値」をどう認識するかは重要な論点である。経済が正常値以下という状態のもとでは、財政健全化を進める大義名分が立ちにくいからである。
例えば、前述の2017~18年は普通に考えれば完全雇用であり、それ以上の財政金融政策のサポートは必要なかったはずである。それでも当時は2%物価目標には遠かったため、「デフレ脱却」は実現できていないとされ、財政健全化の機運も盛り上がらなかった。
このように、2%物価目標は単に日銀だけの問題ではない。経済政策全般についてバランスのとれた議論を進めるには、役割を終え実態にも合わない2%物価目標を今後どうするかについて、国民的な議論が必要である。
2%インフレは日本経済の「正常値」にあらず |
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【門間前日銀理事の経済診断(52)】日銀の2%物価目標の修正には国民的な議論が必要
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(マーケット)
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門間 一夫( みずほリサーチ&テクノロジーズ エグゼクティブエコノミスト)
1957年生。1981年東大経卒、日銀入行。調査統計局経済調査課長、調査統計局長、企画局長を経て、2012年から理事。2016年6月からみずほ総合研究所(現みずほリサーチ&テクノロジーズ)エグゼクティブ・エコノミスト。
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