本書は「ゼミナール日本経済入門」を全面刷新して書き上げた新刊本だが、著者の気持ちとしては、前回25版の後続本〈26版〉として位置付けている。
「ゼミナール日本経済入門」は、85年の初版から数えて今年で30年目に当たる。この間、改訂を重ね12年4月に25版を出版、学生、新入社員、さらに多くのビジネス人の教科書、テキストとして広く愛読され、累積70万部を超える異例のロングセラーになった。
初版を出版した当時は、バブル景気の助走期にあたり、日本経済は元気に満ち溢れていた。90年以降も高い成長が続くと楽観していたが、期待は見事に裏切られてしまった。デフレに足をとられ、名目成長率ゼロの「失われた20年」を経て、今日に至っている。
90年代までの改訂版では、長引く不況もこれまでの延長線上の政策でなんとか克服できると考えていた。2000年代に入ると、さすがに日本経済の異常さに危機感を抱くようになった。高度成長期に切れ味を見せた不況対策(財政拡大と金利引き下げの同時実施)の限界を指摘し、規制緩和など行財政改革の重要性を指摘するなど改訂版にも修正を加えてきた。
それでも決定的な問題点の指摘は不十分で、正直のところ隔靴掻痒の感があった。新規に追加すべき政策提案も少なくなったため、改訂版の頻度も毎年ではなく、最近5,6年は2年に一度と間隔を広げた。
11年3月11日に東日本大震災が発生、それに伴って深刻な原発事故が起り、リーマンショックから立ち上がりかけていた日本経済を直撃した。25版は大震災と原発事故が経済に与える影響分析に力を入れた。
それから3年近くが過ぎたが、デフレは克服できず、景気の低迷は続いたままだ。12年12月に政権を獲得した自民党の安倍晋三首相はデフレ脱却を目指して、3本の矢を柱とする総合経済政策を打ち出した。そのアベノミクス誕生から2年が経過した。
26版を出すタイミングが巡ってきた。この間共著者3人も満を持して日本経済の分析に取り組んできた。26版はこれまでの25版までと違って、多くの新しい視点を盛り込む必要がある。この際思い切って全面書き下ろしにし、旧版の2色刷、2段組みページを廃止し、新刊本として読みやすさに工夫をした。
本書には旧版同様、最新の統計情報が満載されているが、旧版に欠けていた二つの特徴がある。
第一は、戦後70年を踏まえた日本経済の今を分析することに力をいれたこと。日本経済が高度成長期に代表される「明の時代」から、90年代に入り突然デフレに足をとられ失われた20年と言われるような「暗の時代」に転落してしまった。なぜ、こんな事態に落ち込んでしまったのか、デフレからの脱却は可能か、アベノミクスの評価と課題に言及しつつ真正面からこの問題に取り組んだこと。
第二は、これから50年へ向けて日本の将来を展望すると、難問が山積している。少子高齢化を伴う急激な人口減少、危機的な財政赤字、産業の空洞化、原発事故の後遺症、資源、環境制約など数え上げれば切りがない。アベノミクスへの期待はあるものの先行き悲観論が根強い。しかしICT(情報通信)革命などプラス要因もある。視点を変えて難問の一つ一つに向き合えば、禍を福に転じさせる要素も少なくない。
50年の日本はこれからの取り組み次第で、豊かで元気な成熟社会へ軟着陸することも可能ではないか。終章の日本の選択ではこの問題に取り組んでいる。
日本経済の今とこれからを考えるうえで、読み応えのある内容になったと思う。
(日本経済新聞出版社、3000円+税、三橋規宏編著)