3月に上海で開かれた20カ国・地域(G20)財務相会議では、世界景気の減速を食い止めようと、財政出動の必要性が議論された。特にドイツへは名指しで、インフラ投資を求める文言が声明に盛り込まれた。G20ばかりかG7でも米国がドイツに財政出動を求めることが、ここ何年も続いている。
議論は参院選を前に大型の経済対策と消費税の先送りを決めたいとされる日本の安倍晋三首相には、お墨付きをもらえた形だろう。だが、ドイツにとっては苦渋に満ちた協調受け入れだった。ショイブル財務相は声明を無視するかのように「財政の安定と構造改革が重要で、財政出動を伴う経済対策には反対」と語った。
日独の財政に関する違いは、政府の姿勢の違いにとどまらない。有権者の姿勢も違う。
日本では、消費税の引き上げなど国民に新たな負担を強いる政策を導入するのは、政治家にとって至難の業。だが、ドイツでは、逆に政治家が財政赤字を前提に新政策をとるのを国民に納得させるのは極めて困難である。
借金は、ドイツ語でSchuldenと呼ばれる。Schuldという単語の複数形である。Schuldには罪という意味がある。この言霊のせいか、ドイツ人は不要に借金をすることを恐れる。ことのほか、国が不要に借金を増やすことを警戒している。
選挙の前になると、「財政赤字の拡大を容認すると、政治家がばらまき財政で有権者の票を買う」と警戒する発言をよく聞く。国の借金を増やす政治家は、国民に人気がない。景気が悪くなると補正予算を組むことを要求する有権者が多い日本とは大違いである。
ドイツは第1次大戦後激しいインフレを経験した。1923年1年でパンの値段が15億倍を超えたとされるほどのハイパーインフレだった。
その原因の一つが、財政赤字を中央銀行にファイナンスさせたことにある。この激しいインフレのため、生活の基盤を破壊されたことが、多くのドイツ人にトラウマとなっている。ドイツ人にとって、借金はまさに罪と同義なのである。
ドイツに限らず、国の過剰な債務は国民に耐えがたい困苦をもたらす。ギリシャは、ユーロ導入後、財政赤字の額をごまかしてまで歳出を拡大してきた。
選挙に勝った政党は、支持者を公務員として雇用して支持にむくいた。政治家が国の金で票を買ったのである。このため財政赤字が大きく拡大し、気が付いたときにはGDPの10%を超えていた。
やがて、ギリシャ政府は資本市場から資金調達ができなくなった。ギリシャは救済資金をユーロ圏の他の加盟国から借り入れざるを得なくなり、借り入れのため、年金の引き下げや公務員供与のカットなど、厳しい条件をのまざるを得なくなった。借金はここでも罪であったのは間違いない。
ドイツ人は、なぜ国の借金を嫌うのであろうか。
ドイツ人は、国のオーナーは自分自身であると考えている。政府は自分たちがオーナーである国をマネージするためにあると認識している。マンションの区分所有者が、自分たちがマンションのオーナーで、マンションの管理組合の理事会を、マンションを運営管理するためのものと認識しているのと同じである。
マンションのオーナーは、通常、管理組合理事会に対し何を期待するであろうか。できるだけ無駄を省いて管理費を安くし、しかしながらマンションの維持・管理を抜かりなくやってほしいと期待するに決まっている。
管理組合が借金をして、オーナーに贈り物をすることは期待しないであろう。結局その借金を返済しなくてはいけないのは、オーナー自身であることを知っているからである。
長い間、欧州に住んでいると、日本の現状が不気味に見えてくる。消費税の引き上げを先送りしたうえ、新規国債を全額日銀に事実上引き取らせ、マイナス金利を実現させた。
長期金利は、その国の中長期にわたる経済成長力を反映している。20年国債までがゼロ金利に近いのは、将来日本経済が、国の借金返済にあえいで混乱に陥ることを市場が見て取っていると思えてならない。
今のところ、国民の貯蓄が公的債務を上回っているので問題はないが、このまま借金を続けると、いずれ国内の資金で借入をすることはできなくなる。そのときに、過剰債務に陥った国を外人投資家がファイナンスしてくれるであろうか。
先進国の中で日本の公的債務の対GDP比率は、最も高いことを忘れてはいけない。
ドイツで「借金」は「罪」と書く |
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日独で異なる財政規律への意識
メルケル独首相(左)とショイブレ財務相=Reuters
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茶野 道夫(ウィーン在住コンサルタント)
日系金融機関のウイーン駐在代表を定年退職後、不動産投資コンサルタント。日系金融機関のウイーン駐在代表をつとめた後、定年退職。ウイーンで、不動産投資コンサルタント。英、独、仏、西、伊、露語に通じ、在欧経験は30年を超えた。英国、スペインにも勤務。
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