「歴史は繰り返す。最初は悲劇として、二度目は茶番として」と言ったのはマルクスだ。上海株の波乱で中国当局が繰り出したあの手この手に、バブル崩壊に慌てた日本政府のPKO=プライス・キーピング・オペレーションを思い出した。1992年に郵貯や簡保資金を株価維持に投入したのが手始めだった。
リーマン危機後の「4兆元(約60兆円)」の景気対策も、米国にせっつかれ官民挙げて内需拡大に走った80年代半ばの日本の姿に重なる。公共事業の大盤振る舞い、緩め過ぎた金融がバブルを膨らませ、宴の後に雇用、債務、設備の3つの過剰が残った。中国も、鉄に代表される過剰設備や地方政府に積み上がった債務は「4兆元」の後遺症だ。
リーマン危機直後は、米国などの“カジノ資本主義”が叩かれる一方、中国やロシアの、政府のグリップが効く「国家資本主義」を持ち上げる識者も少なくなかった。様相が一変した。米国は景気が回復で利上げの時期をさぐる。片や、エネルギー頼みのロシアはマイナス成長に沈み、中国経済の「新常態」とはバブル崩壊のことか、と疑われている。
「突然の減速が、高成長で隠されていた銀行、企業、各級政府の非効率や、予期せぬ負債を露呈させ財政・金融危機を引き起こすこともある」。2012年2月に公表された世界銀行と中国国務院発展研究センターの共同リポート「中国2030」の一節だ。
中国が「中進国のワナ」をいかに避けるか、を論じたリポートの分析は的確で、政策提言に説得力があった。①市場経済化を進める構造改革②イノベーションの促進③環境に配慮したグリ-ン成長④機会均等や社会保障の整備、などを勧めていた。
特に国有企業に厳しく「4社に1社が赤字」「生産性の伸びは民間の3分の1」「経営陣と官僚の持ちつ持たれつの関係」などを指摘。国有企業の役割を見直し、特定分野での独占排除、民間の参入障壁引き下げ、金利自由化など、市場経済化の加速を求めた。
政府には、無駄なく、クリーンで透明、効率を高め、「法の支配」下での運営を求めた。要は脱国家資本主義こそ、中進国のワナを逃れる道、という大胆な提言だった。
その精神は活かされていない。株式市場への力任せの介入は、市場の機能を封殺する。一部国有企業への介入は、経済政策というより習近平政権の政敵つぶしの色合いが濃い。
李克強首相のリコノミクスは、国有企業の抵抗で失敗したと見る人もいる。
米フォーチュン誌の世界企業トップ500に並ぶ中国企業は、ほとんど国有で民間は数社。ロシアも同じで国有企業と、経営者が政権と密接なオルガルヒ(新興財閥)だけだ。
官は市場に勝てるのか。上海市場の大波乱は、国家資本主義の「終わりの始まり」の予感がする。
上海株が示す「国家資本主義」の落日 |
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生かせなかった3年前の市場化求める世銀・国務院リポート
上海市場の混乱=Reuters
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土谷 英夫(ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1948年和歌山市生まれ。上智大学経済学部卒業。日本経済新聞社で編集委員、論説委員、論説副主幹、コラムニストなどを歴任。
著書に『1971年 市場化とネット化の紀元』(2014年/NTT出版) |
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