ー 10月27日に政府は、物価高などで29兆1千億円の経済対策予算を組むことを発表しました?
松尾 庶民に使う額の不十分さはともかく、29兆円という総額自体は決して少なくはないですね。自民党政府が出してくるであろうと予想された額に比べると多いと思います。
- 岸田さんはもっと少ない額(25兆円)で行くつもりだったみたいですが、党内から「もっと増やせ」と言われて党内の積極財政派に妥協してこの額になったと思われます。でも、先生は岸田さんを緊縮派と見てるんですよね?

松尾匡立命館大学教授
- 政治的な打算が働いてると私も思うのですが、積極財政派の安倍系がまだ力を持っているということでしょうか?
松尾 でしょうね。政治の詳しいこととなるとちょっとわかりませんが。
▽日本の輸出入や製造業はどうなる?
- 円安対策で積極財政に転じるのは先生の持論に近いのではないですか?
松尾 積極財政に転じること自体は良いことです。問題はどのように使うかですけど。例えば、消費税は廃止が望ましいのですが、野党間の政治的妥協として5%にするとか、何年か一時停止で妥協するとかでもいい。
- しかし、最近製造業の人たちと話をすると、「もう日本のメーカーは駄目だ」というようなことをよく言います。日本の製造業は駄目になったと漏らす人が多くて。
松尾 そもそも論なんですが、会社でもリストラするとき、「わが社は厳しいんだ!」と大げさに言うじゃないですか? 新自由主義の人たちはそういう傾向があるんです。国という単位の中で利害が共通で、国と国の間で経済戦争をしていると考えているんです。しかし、実際は労働者に国境はなくて、労働者同士の利害は同一であり、資本家は資本家で利害を共有しています。
― 「労働者に国境はない」ですからね、
松尾 それなのに、リベラルや左派の人たちも新自由主義に乗っかって、「日本の生産性は低いから、国際競争力に負けている」という論を立てたりしているんです。日本資本主義は生き残るために、さらに「国際競争に勝たなきゃだめだ! 生産力を上げなきゃだめだ!」と言ってくるんです。
だから、「政府や支配体制側がヘマをやってだめなんだ」という論の立て方は、新自由主義側に与するもので、労働者側に不利になるものです。本当は新自由主義側の優秀な先生方はいつも、日本資本主義が強靭に生き残るために、庶民を犠牲にした冷徹合理的な大戦略を立てていらっしゃるのに…。ヘマをやってばかりいるのはアンチ新自由主義の側でしょう。
「日本企業は構造転換がうまく出来ない」なんてことが構造改革の口実になっているのに、そういう論でリベラルや左派も攻めようとして、新自由主義を後押ししてしまったという面があると思います。そこに絡め取られてはならないと思います。
中小企業の製造メーカーでは、日本は世界トップの会社が沢山あるのに、「生産性が低い」と言って海外に追い出したり、M&Aで大企業の傘下に置いたりするのが、この間の日本の支配層がやってきたことです。政府が全然人々の購買力を高める政策をとらないのでモノが売れない。そんな中では、みんな必死に効率化を進めているのですが、それは売値を下げることに向かうので、新自由主義者から付加価値生産性が低いと言われちゃう。実は技術的にも組織的にもどんどん効率化しているのに。
▽日本版GAFAはいらない。庶民に必要なものをちゃんとつくれ
- なるほど。「日本はGAFAが育たなかった。だから日本のテクノロジーは駄目だ」とよく言われます。
松尾 だったら、「GAFAのあるアメリカが良いのか?」という話になるんです。アメリカが労働者にとって住みよい国なのか? と。本来はそう言わなきゃいけないのに、左派やリベラルまで「日本にはGAFAがない。負けている」なんて言うからおかしくなるんです。
― しかし、「ソニーが世界の王者だった時代は終わった」なんてメーカーの関係者は言ったりするんですが。
松尾 そもそも、世界のトップになる必要はないんです。別に白物家電をつくってりゃいいじゃないか!? って思うんです。為替が安くなれば国際競争力なんて上がるんです。世界のトップになったり、新規のこととかやるんじゃなく、庶民の生活に必要なものをつくることが大事なんです。みかんの缶詰をつくるところはないといけないのです。
― ステレオタイプ的な言い方ですが、「中国製品に日本は負けた。売れない」なんてことがよく言われますが。
▽為替が安くなれば国際競争力はあがる
松尾 為替が安くなれば国際競争力はあがるんです。中国の安い賃金でつくるというのは、中国の安い賃金で搾取してつくることであってナンセンスです。そんなことを許している方がおかしいのです。日本企業が中国なりもっと賃金が安い国に進出し低賃金で労働者をこき使うなんてすべきではない。中国なんかの労働条件をあげていかなきゃいけないわけで、そこを日本の労働者は支援しなきゃいけない。そういう労働運動を中国政府が弾圧するなら、輸入を拒否するとか関税をかけるとかしなきゃいけない。
- 先生は今の中国政府の体制をどう見るんですか?
松尾 一党独裁型の資本主義とでも言いますかね。
- 為替が安くなれば国際競争力が上がると先生は言いますが、先生はまた日本は経済成長に転じると思いますか?
松尾 経済成長と言いますか、完全雇用になるまで持っていくべきです。失業者をなくすまでGDPを上げて完全雇用に持っていく。でもそうしたら、労働力人口は増えないわけですから、そこで生産の伸びが止まる訳ですが、そうであったとしてもいい訳ですよ。全体として成長しつづける必要はありません。労働生産性が上がるような技術革新があって非常にまた上がることがあるかもしれませんが、それはそれであったらいいし、なかったらなくてもいいわけです。
▽もし、日銀黒田東彦総裁に注文するなら?
- 先生は積極財政肯定派ですが、黒田東彦総裁にものが言える立場なら、どう言います。
松尾 積極財政自体は否定しません。金融緩和は継続を要請します。政府の積極財政を日銀は邪魔をしてはいけない。利上げをして金融引き締めなどをやったりすべきではないですね。
- 現在の日銀の審議委員にはリフレに否定的な人が入りましたが、先生の見方は岸田さんは緊縮派反リフレだから、黒田総裁を交代するというのが、岸田さんの意図というものでは?
松尾 そうですね。岸田さんは高田さんを送り込んだように、「なるべく早く金融緩和をやめる」という考えでしょう。