沖縄県は、他の都道府県よりも先に「第7波」の感染拡大に突入した感がある。4月13日、県は新たに1656人が新型コロナウイルスに感染したと発表した。直近1週間の人口10万人当たりの新規陽性者数は596.32人(12日時点)で全国最多となり、2番目に多い東京都の383.9人を大きく引き離している。
ゴールデンウィークを前に「まん延防止等重点措置」や「緊急事態宣言」を回避したい政府は、4月12日、沖縄県に内閣審議官をトップとする4人のリエゾン(連絡員)チームを派遣し、感染の抑え込みに力を傾ける。観光地の沖縄で感染が拡大すれば、全国に飛び火しかねない。
リエゾンチームの派遣は1月に続いて二度目であり、県の対策の総点検と必要な助言を行う。松野博一官房長官は、12日の記者会見で「官邸や各省幹部とホットラインで対応する。機動的な対応が可能になるよう緊密な連携を図る」と語った。
これまでも沖縄は、感染拡大の起点になってきた。その原因として、観光による人流の多さや世代間交流の活発さ、本島南部の人口密度の高さといった環境因子が指摘されるが、私が気になるのは在日米軍基地から市中への「感染漏出」だ。第6波のオミクロン株の感染拡大も、発端は米軍基地からの感染漏出だった。水際対策に大穴が開いていたのである。
昨年12月17日、沖縄県が国頭郡金武町のキャンプ・ハンセンに勤める50代の男性基地従業員がオミクロン株に感染したと発表すると、瞬く間に市中感染が増えた。玉城デニー知事は、日を置かず、「米本国からの軍人・軍属の移動停止、キャンプ・ハンセンで働く軍人・軍属へのPCR検査と基地からの外出禁止」を訴えたが、政府の腰は重かった。年を越して、感染が爆発的に増え、ようやく外務省は米軍に外出禁止を要請する始末だった。
この問題は、日米地位協定によって米軍構成員に日本の国内法が適用されないことに起因する。地位協定の改定に消極的な政府の姿勢が、沖縄の感染予防へマイナスに働いているのではないだろうか。
たとえば、感染症コミュニティの牙城ともいえる国立感染症研究所(感染研)は、沖縄の米軍基地と市中感染の関係を見極めるための情報開示をしたがらない。焦点は、PCR検査で陽性と判定された人の「ゲノム(全遺伝子情報)」解析のデータだ。感染者のゲノム解析をすれば、その人のウイルス株を特定でき、米軍基地内で流行している株と比較対照すれば、つながりが見えてくる。
ところが、感染研は、この重要なデータをほとんど開示しないまま、米軍基地と沖縄の市中感染がリンクしていないと見解を示している。話は、2020年夏、沖縄で第2波の感染爆発が起きたときにさかのぼる。20年8月21日、新型コロナウイルス感染症対策分科会が開いた記者会見で、感染研の脇田隆字所長は、月刊誌の記者から「沖縄は本当に7月に劇的に増えているわけですよね。脇田先生、これは由来というのは、米軍というのも含めてどうだったのか。本土と違うリスクがあるのか」と質問され、次のように答えた。
「われわれゲノム解析をやっています。感染研のHPでも公開していますけど、沖縄も含めて調査をして、すべて今回(第2波)の流行の拡大は東京から由来しているものだと分析しています。米軍かというお話がございましたけども、沖縄も含めて、東京から由来したものだと理解しております」
感染研は、春の第1波ではヨーロッパ由来のウイルスによって全国同時多発のクラスター(感染者集団)が発生したと分析。6月中旬に東京を中心に新たな遺伝子配列のウイルス(東京由来)が出現し、第2波の全国的流行が起きたとみていた。そこに沖縄も含まれる、という見解を述べたのである。これだけはっきり言われたら、一般人は米軍基地と街で猛威をふるうウイルスは別物と思っても仕方ない。
しかし、脇田所長は、東京由来と判断したゲノム解析について具体的な説明はしなかった。この8月21日の記者会見は、YouTube(1時間17分28秒あたりから)に上がっており、誰でも確認できる。脇田所長が、東京由来と判断したゲノム解析はいつ、誰に対して行われたのか。判断の根拠は何か。
私は、今年3月7日、脇田所長に取材を申し込んだ。「沖縄も含めて調査し、東京から由来したもの」と判断したゲノム解析は、いつ、何人に対して行ったものか」「(解析データは)感染研のHPでも公表」と言っているが、どれか示してほしい、と取材趣旨を広報に伝えた。担当者から脇田所長は多忙につき、メールで回答したいと連絡があり、届くのを待つ。
3月10日、感染研から「20年7月16日時点で、自治体等の協力を得て国内患者3618人、ダイヤモンド・プリンセス号70人、空港検疫67人(外国人含む)のSARS-Cov-2(新型コロナウイルスの名称)ゲノム情報を収集」と回答があり、「ハロプタイプ(半数体の遺伝子型)・ネットワーク図」が示された。ネットワーク図<新型コロナウイルスSARS-CoV-2のゲノム分子疫学調査2(2020/7/16現在)>は、確かにHPに載っている。
だが、この回答とネットワーク図からは「沖縄の第2波」に関するゲノム解析の状況はわからない。すぐに「自治体等の協力を得て」解析した「国内患者3618人」のうち沖縄県の患者は何人か、と私は再質問を投げかけた。
翌3月11日、「20年7月16日の当時において、それまでにゲノム確定できた検体数は、沖縄県104検体(採取日20年2月14日から20年4月まで)のゲノム情報をネットワーク図に反映しております」と返答が届いた。
私は、唖然とした。沖縄の104検体は第1波のときに採取したものだ。東京由来の株が出現する前に採ったものだ。その検体のゲノム解析で、第2波が東京由来と結論づけるのは無理があるだろう。即日、再々質問を送った。
「第2波、7月1日~16日までの間に沖縄県では何人の患者さんの検体を採取し、ゲノム解析をしたのか」と。
それから1カ月以上経過したが、感染研から回答は届いていない。米軍基地と市中の感染はつながっているのか、いないのか。謎に包まれたまま、4月13日、米軍関係で新たに53人の感染が報告されている。
「第七波」に突入懸念の沖縄、疑われる基地感染 |
あとで読む |
【医療の裏側】感染研は第二波の米軍基地からの市中感染なしというが、納得できる回答一か月なし
公開日:
(未分類)
沖縄の米軍施設を視察する玉城デニー沖縄知事(2019年)=cc0
![]() |
山岡淳一郎(作家)
1959年愛媛県生まれ。作家。「人と時代」「21世紀の公と私」をテーマに近現代史、政治、経済、医療など旺盛に執筆。時事番組の司会、コメンテーターも務める。著書は、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』(草思社)、『気骨 経営者 土光敏夫の闘い』(平凡社)、『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)、『原発と権力』『長生きしても報われない社会 在宅医療・介護の真実』(ちくま新書)、『勝海舟 歴史を動かす交渉力』(草思社)、『木下サーカス四代記』(東洋経済新報社)、『生きのびるマンション <二つの老い>をこえて』(岩波新書)。2020年1月に『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)刊行。『ドキュメント 感染症利権』(ちくま新書)、『コロナ戦記 医療現場と政治の700日』(岩波書店)刊行。
|
![]() |
山岡淳一郎(作家) の 最新の記事(全て見る)
|