新型コロナ感染症の第四波が全国に及んでいる。大阪の状況は目を覆うばかりだ。病院は重症者であふれ、入院先や宿泊療養先が見つからない患者が自宅待機を強いられて亡くなる。大阪の惨状はどこに飛び火しても不思議ではない。
ワクチン接種の一日も早い普及が渇望される。先進国中、最低レベルの接種率は、今後、確実に上昇するのだろうか。まずは、ワクチン調達の現状を概観しておこう。
日本政府は、米ファイザーが独ビオンテックとともに開発したメッセジャーRNA(mRNA)ワクチンを頼みの綱としている。ただ、mRNAワクチンは有効性の高さから世界的な争奪戦がくり広げられている。米国以外の各国向けのワクチンを生産している同社ベルギー工場は、1月下旬から2月下旬にかけて稼働ペースを落とし、製造ラインを増設した。その間の「品薄」が日本のワクチン接種の遅れの一因でもあった。
4月26日、テレビ朝日の報道ステーションに出演した河野太郎担当大臣は、「ようやく(ベルギー工場の)増設したラインが立ち上がってきたので、ゴールデンウィーク明けからは、毎週1000万回ずつ日本に入ってきます」と述べた。ワクチンは1人に2回接種するので、「1000万回」は「500万人」分だ。河野氏は、さらにこう胸を張った。
「ゴールデンウィーク明けの2週間で1800万回分のワクチンを地方自治体に配ります。これは3600万人の高齢者の半分が1回目を打てる量です。ここから日本のワクチン接種も立ち上がってくるということになります。今、EU(ヨーロッパ連合)が、EU外に一番輸出をしているのが日本で、その次がイギリスです」
だが、ベルギー工場からの供給には懸念材料がある。
「いまの私の頭痛の種は、EU外にワクチンを出す時には承認を取らなくてはいけないことです。これをとにかく止めないで、日本にちゃんと出してねという交渉をずっとやっています」と河野氏自身が番組内で語っている。EUはこれに反論し、予定通り輸出しているというが、まだ先を見通せない。
5月5日現在、国はフアイザーのmRNAワクチンのみを承認し、1億4400万回分の供給契約を結んでいる。先月、菅義偉首相が日米首脳会談で渡米した際、電話でファイザーのアルバート・ブーラCEOと10分間会談し、供給の上積みを要請したが、受け入れられたかどうかは定かではない。
報道によれば5000万回分を追加し、ファイザーから1億9400万回分。さらに今月にも米モデルナのmRNAワクチンを承認し、5000万回分。合わせて2億4400万回分の調達で乗り切ろうとしているようだ。
が、これほど供給源が偏ったやり方は一種の賭けでもある。
当初、厚生労働省は、英アストラゼネカとオックスフォード大学が開発したウイルスベクターワクチンの調達もスケジュールに組み込んでいた。いまも厚労省のホームページにはアストラゼネカ製ワクチンを「日本に1億2000万回分」、そのうち「3000万回分」が3月末までに供給される基本合意が載っている。
残りの9000万回分は、技術移管されたJCRファーマ(兵庫県芦屋市)が国内で製造する。そのための原薬製造や製剤化などの体制整備に162億3000万円の補助金が支給された。ファイザーやモデルナのワクチンはマイナス70~20℃で保管しなくてはならないが、アストラゼネカ製は2~8℃で大丈夫。すでに受託生産は始まっており、数量の確保や供給は簡単にできる。
加えてアストラゼネカ製には「低廉」という大きなメリットがある。WHOのデータによれば、ファイザー製は1回20ドル、巨額の補助金が支給されたモデルナのワクチンは1回33ドル。これに対し、アストラゼネカ製は1回=3~4ドル。じつにモデルナの約十分の一の安さなのだ。
アストラゼネカは、「パンデミック期間中においては、営利を目的とせずワクチンを供給する」と「公益」に資する姿勢を打ち出し、「原価で売る」と宣言している。英国に根づく「パブリック(公)」を尊重する意識の体現であろう。
ところが、厚労省とPMDA(医薬品医療機器総合機構)は、アストラゼネカのワクチンをなかなか承認しない。欧州で接種後に非常に稀な血栓が発生したと報告されたからだが、ワクチン接種が進まない現状で、ベネフィットとリスクをどう考えればいいのだろうか。
4月4日時点で、EU圏では過去3か月間にアストラゼネカ製が3400万回接種されており、EMA(欧州医薬品庁)は62例の脳静脈洞血栓症(CVST)と、24例の内蔵静脈血栓症(SVT)の分析を行った。そのうち18例が死亡していたという。
しかしEMAは、アストラゼネカ製も効果がリスク上回ると評価。実際の接種は各国がそれぞれの事情で決めるべきだとしている。デンマークはアストラゼネカ製の接種を中止したが、独メルケル首相は自らこれを接種して疑念を払おうとした。
日本の製薬会社と組んでワクチンを開発中の医学者は、こう語る。
「ファイザーのワクチンも、最初、アナフィラキシーショックを起こすというので大騒ぎになりました。じつは、接種後の死者が米国でも出ています。でも、徐々にリスクとベネフィットを比べて、ベネフィットのほうが高いという認識が得られた」
「富裕層はファイザーのワクチンを奪い合っています。アストラゼネカのワクチンによる血栓も、あり得るでしょう。ただし、発生率は非常に稀です。血栓症が注意すべき副反応としてリストアップされたことで、注意は必要です。最初からリスクの高い人には打たないほうがいいかしれないが、それをもって承認しない、打たないという理由にはならないと思います」
厚労省は、過去の予防接種禍訴訟での敗訴の歴史や、さまざまな薬害問題のトラウマもあり、安全性には過敏に反応する。
実は、ワクチンの接種による健康被害に関して「予防接種後健康被害救済制度」というしくみがあるが、一般には、ほとんど知られていない。実際に被害を受けた人が救済を申請して実施されるまでにはかなりの時間がかかる。この制度の死亡一時金は4420万円。生命の値段としては安すぎるのではないか。そうした議論が深まることもなく、海外頼みの調達が行われている。
なぜ認めないアストラゼネカのワクチン |
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【医療の裏側】血栓発生は稀で欧州では認められているが・・・
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山岡淳一郎(作家)
1959年愛媛県生まれ。作家。「人と時代」「21世紀の公と私」をテーマに近現代史、政治、経済、医療など旺盛に執筆。時事番組の司会、コメンテーターも務める。著書は、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』(草思社)、『気骨 経営者 土光敏夫の闘い』(平凡社)、『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)、『原発と権力』『長生きしても報われない社会 在宅医療・介護の真実』(ちくま新書)、『勝海舟 歴史を動かす交渉力』(草思社)、『木下サーカス四代記』(東洋経済新報社)、『生きのびるマンション <二つの老い>をこえて』(岩波新書)。2020年1月に『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)刊行。『ドキュメント 感染症利権』(ちくま新書)、『コロナ戦記 医療現場と政治の700日』(岩波書店)刊行。
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