英国のうちイングランドでは7月19日に先進国の中でも先駆けて、ソーシャルディスタンス、マスク着用の義務化、スポーツ観戦の入場者制限などのコロナ感染対策の制限撤廃を発表する予定だ。このジョンソン政権による制限撤廃措置は英国内外で賛否両論を生んでいる。なお、イングランド以外のスコットランド、ウェールズ、北アイルランドは今後、独自に決めていく予定だ。
7月11日、ウィンブルドンにおける全英オープンテニス決勝で1万5千人を入場させたほか、同日のロンドン郊外のサッカー欧州選手権決勝でも英国が残ったため6万7千人の大観衆が観戦した。もちろん、コロナ検査の陰性証明などでチェックしているから安心であると主催者側が答えていたが、それにしてもオリンピック無観客を決めたわが国とは大きな違いである。
英国でのコロナウィルス感染が壊滅したわけではない。それどころか、いわゆるデルタ型変異ウィルス(デルタ株)の拡大によって感染者数は一日あたり3万人を越えて、今年のボトムとなった5月初の20倍もの水準に達している。ジャビド保健相はこの夏に10万人を越えると予想していたくらいだ。ただ、死者数は一日あたり20名程度、死亡率で0.8%から0.1%へと大幅に低下している。
英国はコロナワクチンの接種率が高く、国民の65%が二回目の接種を終わっている。感染力が、少なくともこれまでのウィルスの1.7倍ある、と言われるデルタ株であってもワクチン接種により重症化を防げるという自信が政府サイドにはあり、これが感染防止策の早期撤廃の方針につながった。
7月19日以降、すべての行動制限はガイドラインに転換して実質的に撤廃する。たとえば、公共交通機関や屋内の込み合った場所でのマスク着用の義務化ならびにソーシャルディスタンスが撤廃され、後述するように「期待する」といったガイドラインとなって法的罰則もなくなる。
感染防止措置の廃止を急ぐ理由としては与党の保守党を中心に厳しい感染防止措置を続ける際の経済的、社会的な負担には耐えられない、とする意見が圧倒的に多いためである。ジャビッド保健相が議会で撤廃方針を説明した時には与党席から「ハレルヤ」と喜びの声が上がったほどだ。
7月19日という日々としたのは、小・中学校、高等学校が夏休み入りして登校しないので児童などの感染が防げる、季節的に病院のベッド使用率も低下することなども考慮された。保守党の内部ではこの機会を逃せば来年までフル解除の時期は来ないとの見方があったことも、政権をプッシュした。
しかし、当然のことながら強力な変異株が拡がっている最中に感染防止策を撤廃することには感染学者ならびに野党の労働党内に根強い反対がある。変異型は感染力が強く侮りがたい。若年層、とりわけ乳幼児や小学校低学年などにも感染して重症化しているので撤廃は時期尚早であるとの批判が絶えない。また当然のことながらワクチン接種をしていない人には大きなリスクとなる。規制を解除すれば変異株が拡がり冬場には取り返しのつかない水準、例えば感染者が一日あたり10万人、死者数が100~200人といった感染拡大のおそれもある、との感染病専門家らからの指摘も多い。
英国政府としては、ガイドラインの「期待する」という表現で自主的に感染防止に努めてもらいたいとの底意がみえみえである。メディアなどからは「ジョンソン首相は最終的な責任を企業や個人に転嫁しようとしている」と疑念の声も上がっている。現にジョンソン首相は「再び、これまでのような感染防止策に立ち戻らないためには注意深いアプローチも必要だ」と責任回避の色がぬぐえないスタンスを示している。
公共交通機関や店舗などの込み合った場所ではマスク着用が義務化されてきた。しかし、今後は、マスクをしていなくとも法律的な罰則は何もない。ナイトクラブやディスコの経営者にはコロナ陰性証明の提示などが「期待される」としているが、これも法的な強制力はない。在宅勤務を原則とするルールも7月19日に撤廃される一方で、ジョンソン首相は「7月19日から一斉に仕事場の机に戻るということは期待されない」と企業側の自粛を要望する曖昧なスタンスを取っている。これに対しては英国産業連盟や商工会議所から明確な基準を示せ、と不満の声が上がっている。
世界で最もワクチン接種率が高いイスラエルでも変異株の増加でいったん撤廃した公共交通機関や屋内でのマスク着用を義務化しなおした。英国でも同じような対価を払う可能性が高いのではないか。