東京地検特捜部は、6月18日、公職選挙法違反(買収)容疑で河井克行前法相、妻の案里参院議員を逮捕する。
昨年7月に行われた参院選広島選挙区で案里容疑者は初当選。陣営の指揮を取った克行容疑者は、案里容疑者とともに地元の議員ら約100人に現金を供与していた。
最初に、案里陣営がウグイス嬢など車上運動員に違法報酬を支払ったとして、公職選挙法違反(買収)で捜査した広島地検は、案里容疑者の公設秘書の立道浩被告を逮捕して立件。広島地裁は、16日、立道被告に懲役1年6月、執行猶予5年の判決を下した。
河井夫妻は検察に2度、狙われたわけで、その背景には「官邸VS検察」の構図があることを、私は本サイトで「河井事件、宣言解除後に東京地検特捜部に移送か」(5月12日配信)と、題してお伝えした。当時は在宅起訴がせいぜいとみられていたが、その記事では稲田検事総長の意気込みぶりから逮捕もありえると触れている。
対立構図を制したのは検察である。
検事総長に「官邸代理人」の異名を取る黒川弘務前東京高検検事長を据えたかった官邸は、昨年来、稲田伸夫検事総長に勇退を迫っていた。稲田検察はそれに応じず、逆に安倍晋三首相、菅義偉官房長官の“肝いり”で出馬した案里陣営に公選法違反の告発が出ていたことからこれを受理、捜査着手した。
怒った官邸は、1月31日、黒川氏の定年を「政府解釈の変更」という“奇手”で延長。さらに検察庁法改正に乗り出すものの、ツイッター攻撃、松尾邦宏元検事総長ら検察OBの抗議を受けて法案を引っ込めた。
そんなドタバタ騒動のあげく、「文春砲」で黒川氏の賭け麻雀が発覚。黒川氏は退任し、稲田総長は後継に意中の林真琴東京高検検事長に指名、7月末までに勇退する。
見事な検察の焼け太りである。
人事を取り戻しただけではない。政府は、国会での成立を見送った検察庁法改正を巡り、検察幹部の定年延長を可能にする「特例規定」を削除する方針を固めた。
これは、検察官の定年を65歳とし、高検検事長ら幹部には63歳で役職を退く「役職定年」を設けた
うえで、「内閣や法相の判断で3年延長できる」としたもの。
SNSや検察OBの反対表明が功を奏したわけで、そこには、「森友学園」「加計学園」「桜を見る会」と、見え透いたウソを重ね、そのウソを正当化するように役人を忖度させ、最後は法律さえもねじ曲げる安倍官邸へのうんざりした思いがあった。
憲政史上、最長政権ゆえの驕りと緩みであり、レイムダック化の始まりである。だが、一方で検察は、「準司法としての独立性を守った」と、安堵するだけでいいのか。
松尾元総長らの検察庁法改正反対の「意見書」にはこうある。
<今回の法改正は、検察の人事に政治権力が介入することを正当化し、政権の意に沿わない検察の動きを封じ込め、検察の力を殺ぐことを意図していると考えられる>
その意図を、OBだけでなく国民もマスメディアも感じることが出来たため、押し戻しに成功したが、であれば稲田総長は、政権の指図を受けない不可侵組織の長として説明責任を果たさなければならない。
賭け麻雀は、刑法違反の賭博罪であり、検察に対し、市民団体や弁護士などから幾つもの告発がなされている。それを受理する、しないに関わらず、自ら捜査し、結論を出すべき事案である。それを形ばかりの任意の調査でお茶を濁し、しかも処分は「訓告」という軽い処分。政府は、6月6日、「処分は適正で再調査は必要ない」と、閣議決定した。
だが、行政から独立した存在というのだから、検事総長はナンバー2の不祥事を謝罪、「何があったのか」「どう改善するのか」「捜査しなかったのはなぜか」を、説明する必要がある。にもかかわらず、稲田氏は司法記者会の会見要請に応じることなく、「国民の皆様にお詫び申し上げる」と、形ばかりの謝罪コメントを出して逃げた。
調査し、処分を決めたのは法務省というのが沈黙の理由だが、「行政」と「準司法」の都合のいい“使い分け”だ。
安倍官邸は、「霞が関」に内閣人事局を創設することで人事を握り、「一強体制」を確立。その勢いのまま「法務・検察」に手を出して返り討ちに遭ったが、支配したいぐらいに怖い組織である。それを思い知ったのが、河井夫妻捜査だった。
第一弾の車上運動員捜査を3月24日の起訴でひと段落させた検察は、第二弾の地方議員買収捜査を徹底的に行う。本来、東京地検に移送して、特捜部の手で徹底解明する事案だったが、折しも新型コロナウイルス対策が全国規模で行われ、4月7日には東京都に緊急事態宣言が出された。
「三密」となることが避けられない捜査を、東京で行うことは出来ないと、広島地検で捜査は継続され、東京地検特捜部などから検事が送り込まれ、コロナ禍の最中だとは思えない捜査が徹底的に行われた。
事実上の指揮を取るのは稲田総長。「トップの思いと検察の危機」を肌で感じる検事たちは、家宅捜索と聴取を繰り返すことでカネを受け取った議員たちにプレッシャーをかけた。
黒川氏が賭け麻雀問題で辞職する5月22日の直前には、参院選の際、自民党本部の指示で広島入りした元幹部職員らが、参考人聴取を受けている。選挙に精通、「選挙の神様」の異名を取る元事務局長も含まれていて、自民党には「本部から送られた1億5000万円が問題になるんじゃないか」という観測も流れた。
案里容疑者の対抗馬は溝手顕正元防災担当相だった。第一次安倍政権後、安倍氏を「過去の人」呼ばわりし、敵味方をハッキリさせずにいられない安倍首相としては、許すことのできない相手だった。
溝手陣営に送られた本部のカネは通常通りの1500万円。安倍官邸はその10倍のカネを送り、かつ安倍事務所の秘書4人を地元に張り付けた。自民党本部のカネが買収に使われた、と検察が予測するのも無理はない。
ただ、結果的に「自民党本部のカネ」には手を出さない。カネに色はつかずその証明はできず、自民党元職員らの聴取は、官邸への牽制だった。
事件は、今後、起訴して公判に引き継がれるが、事実上の司法取引が行われており、買収された側の地方議員らの責任は問わない。その代わり、5万円~100万円を受け取った際、河井夫妻から「票の取
りまとめを頼む」という趣旨の意思表示をされた、と供述した議員は少なくない。
それだけに夫妻は否認でも、公判維持には自信を持つ。
河井逮捕は、稲田総長の「引退の花道」となった。ただ、組織護持のために捜査権力を使う怖さと、都合が悪くなると説明責任を果たさず逃げる狡さを見せつけた。次に政治が検察人事に手を出すときには、もう少し狡猾になるし、国民も「顔の見えない組織」であることが判明、不気味さを感じており、今回のような無条件の信任は与えない。
そのことに留意、「検察の在り方」を、森雅子法相のとってつけたような「検察刷新会議」に依拠することなく、自ら黒川問題に決着をつけ、襟を正し、総長自ら情報発信すべきだろう。焼け太りは許されない。