筆者は、次長職の後、選挙管理委員会事務局長を経て退職。現在、東京都政策連携団体の東京環境公社理事長を務める澤章氏。

都政新報社、澤章著2020年3月刊 税込1870円
その澤氏を、東京都は、7月10日(金)、クビにした。
午前11時半、多羅尾光睦副知事は、副知事室で人事部長と人事課長を陪席させ、澤氏に相対すると、こう切り出した。
「今日は、2点、お伝えすることがあります。ひとつは7月末に現職を退くこと。2点目は本の出版とその後の雑誌での言動に局長経験者としての社会常識に欠ける、という意味での厳重注意です」
澤氏は、一橋大学を卒業後、86年に都庁に入り、34年以上、都庁ひと筋だっただけに、その論理は知り尽くしている。本を上梓した段階で、退職を迫る日が来ることを、ある程度、覚悟していた。
でも、いわずにはいられない。
「個人の言論活動と理事長の職は関係ないはずです。なぜ、理事長を辞めなければならないのか。理由を教えて下さい」
多羅尾副知事は「常識」で切り返す。
「公務員を辞めて、すぐ内部の情報を明らかにするのはおかしいでしょう。あの本のおかげで、多くの人が迷惑している。業務にも支障が出ています。職員だけでなく、都議会からも苦情が来ています」

著者の澤章氏
少なくとも迷惑する人、業務に支障が出る人、困る職員、議会関係者がいるとは思えない。いるとすれば、市場移転を国政への踏み台にした小池氏だろう。
澤氏は、こう問いかけた。
「この決定は、誰がしたのですか」
多羅尾氏は答えた。
「私ではない。都の決定です」
冷静に振り返って、停滞の2年間は、都民に何の益ももたらさなかった。「盛り土なしの地下空間」が発見され、モニタリング調査で「ベンゼンの基準値79倍」が発表され、その度に世論は騒ぎ、ワイドショーは特集を組み、小池氏は連日、メディアに登場した。
小池氏は、移転に反対する築地の仲卸や女将さん会に配慮する発言を続けていたが、本音は「移転やむなし」であり、移転見直しを長引かせるつもりはなく、半年ぐらいで一気に問題点をあぶり出し、敵(都議会自民党など)を叩いて議会で主導権を握り、そのうえで移転するつもりだった。
だが、想像以上に汚染は進んでおり、「安心を得るまで移転しない」と、拳を振り上げただけに身動きが取れなくなった。そこで、17年6月、「築地は守る、豊洲は生かす」というどっちつかずの玉虫色のキャッチコピーを打ち出す。移転するのかしないのか、移転しても戻ってくるのか、誰にもわからない。
中途半端なまま、同年7月の都議選に突入。「反小池」を鮮明にする内田茂自民党東京都連前幹事長などを「黒い頭のネズミ」と呼んで批判していた小池氏の率いる都民ファーストの会が大勝、56議席を確保して都議会第一党となった。
その勢いのまま、同年9月、希望の党を設立。10月の総選挙に臨むが、民進党を丸呑みするのでなく「(合わなければ)排除します」という小池発言が、「酷薄な排除の論理」として嫌われ、獲得議席は50にとどまった。
ブームは去り、小池熱も冷め、都政報道が少なくなった17年12月、小池氏は18年10月の豊洲市場開業を発表した。
移転反対派は、「騙された!」と、憤ったが、小池氏は騙したのではない。ごまかしたのである。6000億円をかけて完成させた豊洲に移転しない、という選択肢は、ポピュリストにしてリアリストの小池氏にはなかった。
その正体を記すのは、「側にいた者の務め」だと澤氏はいう。
「都のOBや幹部が、口をつぐむことで誰が得をして誰が不利益を被るのか。都民にとって何が有益なのかを、しっかり考える必要があります。内部の情報を都民に届ける行動をしたものがパージされていいのか。こんな蛮行が許されたら、都政のブラックボックス化はいつまで経っても改まりません」
澤氏も現役とOBの立場の違いはわきまえており、現役時代に実情を暴露することはなかった。執筆は、OBになってからであり、出版は1年近くを経てからである。
外郭団体に務め、都のOB人事制度で動いているとはいえ、澤氏の理事長選出に、東京都は関わっていない。東京都環境公社の最高意思決定機関は評議員会で、東京都OBを会長とし、外部識者を中心に構成される。
その評議員会で任期2年の理事が選任されるが、澤氏は6月下旬の段階で、既に理事に選任されており、7月13日の評議員会で理事人事が最終決定し、理事の互選により理事長に就いた。それを東京都は職権で退任させる。7月末、澤氏はわずか2週間で理事長職を去る。極めて歪な人事だ。
『築地と豊洲』は、小池都政の“真実”を伝える貴重な資料。その執筆者を“抹殺”する行為は、情報開示、透明化、見える化からは、ほど遠い。
都政のブラックボックスの一掃は、小池氏が知事になって最初に打ち出した政策だが、ブラックボックスの“主”と手を結び、再選を果たしたのが小池氏だった。
「澤追放」が、小池氏の意思ではなく、多羅尾副知事を始めとする幹部が忖度したものだとすれば、それはそれで「都政の闇」を深めることにも繫がるわけで、とても容認はできない。