日本の新型コロナ感染者数がピーク時の3~4%まで下がった。近隣の韓国、シンガポール、オーストラリアなどで感染が拡大するなか、なぜ、日本が急速に感染縮小に向かっているのか、専門家諸氏に訊いても理由は定かではない。
ワクチンの必要回数接種率を比べても日本が72%に対し、シンガポールは83%、韓国75%と両国のほうが上回っている。マスク着用の習慣の違いを持ち出す人もいるが、決定的要因ではなさそうだ。
ともかく、感染が下火になっているいまだからこそ、進められる準備がある。治療薬やワクチンの開発もさることながら、最も重要なのは今後いかに病原性の強い感染症が流行しようが、崩壊しない医療提供体制を築いておくことだ。
感染者が自宅放置状態で重症化し、死亡するのを防ぐ必要がある。コロナ患者用に都道府県が「確保」した病床を、きちんと運用させなくてはいけない。
そこで浮上する課題が、いわゆる「幽霊病床」の解消である。
厚生労働省は、コロナ病床の確保に当たり、流行初期は感染症指定病院に患者を入れ、感染が拡がると一般の医療機関の病床を増やせと都道府県に指示してきた。感染症法を改正し、都道府県知事に医療機関に協力を「勧告」し、正当な理由なく従わない場合は名前を「公表」できる権限も与えた。
その一方、厚労省は、コロナ用に新しく割り当てた重症病床には1800~1950万円、そのほかの受け入れ病床には750~900万円。他の患者を入れずにキープしている病床には日割りの「空床確保料」も支給する。
こうしたアメとムチで、今夏には年初の第三波のころの1・5倍にコロナ病床は積み上がった、と厚労省は豪語していたのである。
ところが、実態は違う。増やしたはずの病床が使えない。東京都では、自宅療養と入院・療養等調整中の待機者が合わせて3万9592人のピークに達した8月21日、入院できた患者は3964人にすぎなかった。
都の確保病床は6400床だったが6割しか使われていない。この時点で、残りの4割弱は受け入れ可能と申告しながら実際は稼働しない「幽霊病床」だった。そのなかには前述の補助金を支給されたところが数多く含まれる。補助金を受け取りながら病床を稼働させなければ、医療倫理の根幹が揺らぐ。
病院側からは次のような事情説明の声が聞こえる。
「(なぜ幽霊病床が発生するのか?)今すぐ受け入れられる病床ではなくて、これから増やしてください、頑張ってくださいということに対しての目標みたいなもの。医療従事者が十分対応できるだけ数がいない。外科の病棟から、いきなり連れてきて、(感染症の)対応してくださいは、無理」
「地域のそれぞれの医療機関の役割分担を明確にして、把握できて、コントロールできる司令塔みたいなものを作っていただきたい」(国際医療福祉大・松本哲哉教授 FNNプライムオンライン 2021年10月15日)
しかし、実際に大勢のコロナ患者(中等症・重症)を受け入れている神奈川県の公立病院の院長は、こう語る。
「コロナ患者用に、何床、回せるかは、感染制御とマンパワーの兼ね合いで、あらかじめどの病棟(入院の建物は階ごとに病棟に分かれ、大きな病院なら階の中でもA、B病棟などに分かれる)をコロナ病棟に転換するかで決まります。病棟単位の話です」
「よほどスペースがあって間仕切りやゾーニングができているところは別としても、一般病床の病棟の一部だけをコロナ用に転換することはできません。たとえば、一つの病棟はだいたい40床ぐらいなのですが、コロナはマンパワーが必要だから半分の20床にするとか4分の一の10床にするとか、申請時点でわかっているマンパワーでキャパが決まる。ベッド数どおりには回せません」
「最初は慣れてなくて、少しずつ患者さんを入れたとしても、可能な一定数はマンパワーとの兼ね合いですぐに決まります。感染状況に応じて少しずつ病床を増やして、医師や看護師をその都度割り振るような話ではない」
「補助金は病床申告した段階で出ます。コロナ用に空けたといいながら、患者さんを入れなきゃ、人もモノも使わないので支出はなく、お金だけが入ってくる。本当に患者さんを診ているわれわれは、バカバカしくなりますよ」
この病院長の話は頷ける。申告した病床数は行政からの「頑張ってください」ということに対する漠然とした目標とは違うのである。
岸田文雄首相は、10月15日、首相官邸で開かれた新型コロナウイルス感染症対策本部でコロナ対策の全体像を示した。
そのなかで、次の感染拡大時には、コロナ用病床の8割以上を確実に稼働できる体制づくりに取り組むと明言。「幽霊病床」をなくすために都道府県ごとに各医療機関のコロナ用病床の確保数や利用率の公表、つまり「見える化」する方針を示した。
10月17日、フジテレビ系『日曜報道 THE PRIME』に出演した山際大志郎経済再生担当相(コロナ対策担当)は、「幽霊病床」について「これから先の準備をするためにどういうシステムを組むかというときに、個別の病院名まで出したほうがいいということであれば、私はそれをやるべきだと思う」と踏み込んだ発言をした。
幽霊病床の背後には、病院の利権が見え隠れしている。岸田首相が、白衣の壁をぶち破って幽霊病床を「見える化」できるかどうか。病院団体や医師会は、いろいろ理屈をつけて、ちょっとやそっとではウンといわないだろう。首相の力量が試される。
岸田政権 幽霊病床の「見える化」できるか |
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【医療の裏側】第6波へ病院別の病床確保数や利用率の公表を
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山岡淳一郎(作家)
1959年愛媛県生まれ。作家。「人と時代」「21世紀の公と私」をテーマに近現代史、政治、経済、医療など旺盛に執筆。時事番組の司会、コメンテーターも務める。著書は、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』(草思社)、『気骨 経営者 土光敏夫の闘い』(平凡社)、『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)、『原発と権力』『長生きしても報われない社会 在宅医療・介護の真実』(ちくま新書)、『勝海舟 歴史を動かす交渉力』(草思社)、『木下サーカス四代記』(東洋経済新報社)、『生きのびるマンション <二つの老い>をこえて』(岩波新書)。2020年1月に『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)刊行。『ドキュメント 感染症利権』(ちくま新書)、『コロナ戦記 医療現場と政治の700日』(岩波書店)刊行。
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