安倍晋三首相が好んで使う言葉の1つに「法の支配」がある。第1次安倍内閣の所信表明演説に始まり、G7などの国際会合、首脳会談などの演説で必ずこの言葉が出る。安倍首相の施策や言動を考えると、安倍首相は「法の支配」を「国民を支配するには、国民の代表機関である国会が制定した法律によらなければならない」という意味に考えているのではないかと思わざるを得ないが、本来の意味とはかけ離れている。安倍首相の言う「法の支配」は「法で支配」だ。
学生運動の最盛期で、安倍首相の大叔父である佐藤栄作が首相だった1968年、司法試験の憲法の論文試験で「『法の支配』の原則は、日本国憲法にどのように現れているか。」という問題が出た。「一行問題」と言われる問題形式で、今の司法試験の問題形式とは異なるが、法の支配は憲法の教科書の最初に出てくる重要な概念だけに、受験生は一通り勉強している。
筆者が勉強した芦部信喜元東大教授著「憲法第4版」では、法の支配を「専断的な国家権力の支配(人の支配)を排斥し、権力を法で拘束することによって、国民の権利・自由を擁護することを目的とする原理」とある。判例の定義があるわけではないので、学者によって定義は微妙に異なるが、大切なのは、人の支配を排斥することと、権力者を法で拘束することの2点だ。支配されるのはあくまで国家権力であって「国民を支配する」などという意味は全くない。
論文試験の答案であれば、定義の次に法の支配の内容を書く。芦部憲法は内容として①憲法の最高法規性の観念②権力によって侵されない個人の人権③法の内容・手続の公正を要求する適正手続④権力の恣意的行使をコントロールする裁判所の役割に対する尊重――を挙げる。①は98条(最高法規性)、②は11条、97条(不可侵の人権)、③は31条(デュープロセス)、④は81条(違憲立法審査権)に条文として規定されている。
安倍首相はこれまでの憲法解釈を変更し、集団的自衛権を行使できるとの閣議決定を行った。歴代内閣が否定していた集団的自衛権が安倍首相になった途端、認められるというのは法の支配が排斥する「人の支配」に他ならないように思える。
中谷元防衛相は安保法制について「現在の憲法をいかにこの法案に適応させていけばいいのか」と答弁した。法律に憲法を合わせるという憲法感覚。さすがに答弁は撤回したが、法の支配を「法で支配」と考えている安倍内閣の閣僚を代表する憲政史上に残る答弁だった。