「もっと早く辞めさせるべきだった」――。自民党内でもこうした苦言が圧倒的だ。菅義偉政権はこの苦境から脱することができるのだろうか。
菅首相の長男・正剛氏が勤める放送事業会社「東北新社」から、総務省の総務審議官時に高額接待を受けた山田真貴子内閣広報官が3月1日、辞職した。同日の衆院予算委員会では野党から「後手後手」との批判が相次いだが、野党が指摘するまでもなく、山田氏を辞めさせるタイミングは、明らかに前週の金曜(2月26日)の午前中だった。
その前日木曜に山田氏が初めて国会に参考人として出席、接待について答弁、陳謝したものの疑念は晴れず、金曜には緊急事態宣言が一部先行解除されることになっていた。首相会見の司会を務める山田氏を隠さざるを得ないがために、本来行うべき会見をキャンセルした時点でアウト。山田氏が内閣広報官の職務を続けることが難しいことは明らかだった。
この判断ミスは政権にとって致命的だ。
なぜ後手に回ったのか。「『後任がいない』と菅首相が辞職させることを渋った」「山田氏を辞めさせれば、長男の接待問題が首相自身にさらに飛び火する」「山田氏を広報官に抜擢したのは菅首相で、任命責任を問われることを避けた」など様々な見方があるが、一言で言ってしまえば、「菅首相に側近がいない」ということに尽きる。
状況を見極め、進言するような人物がいないのだ。それは、安倍晋三前政権と対比してみるとわかりやすい。
安倍前政権を継承した菅政権ではあるものの、その土台とサポート体制は大きく異なっている。
安倍前政権は、自らの出身派閥である党内第1派閥の細田派(清和会)と第2派閥の麻生派(志公会)にしっかり支えられ、党内のグリップが効いていた。その結果、「政高党低」でも党から不満が上がりにくく、また、何かマズいことがあれば、細田派が火消しに回った。
一方、菅政権は、菅首相自身が無派閥であることから、派閥レベルでの支援は脆弱で、ほぼないに等しい。例えば、二階俊博幹事長は菅政権誕生の立役者であり、山口泰明選挙対策委員長は当選同期で親しい間柄だが、党内との関係性は、個人的な繋がりや、ポストを通じての打算で成り立っているに過ぎない。
実質的に菅グループの無派閥議員らがいるものの、当選回数の多いベテランで、かつて「水戸黄門の助さん格さんのような存在」とされた河井克行元法相は公職選挙法違反の罪で公判中、菅原一秀前経産相は陰で支えているようだが、大臣を途中辞任したこともあり、まだ表では動きにくい状況にある。
官邸内の官僚もタイプが異なる。
安倍政権は「経産省内閣」と呼ばれた。政務を担当する秘書官に経済産業省出身の今井尚哉氏(現在は内閣官房参与)が就き、ある意味、経産省総動員体制で安倍政権を支えていた。
経産省OBによれば、かつて通産省だった時代は重厚長大産業が日本経済の牽引力となっており、通産省はそうした産業を育てる花形官庁だった。しかし、バブル崩壊以降の日本経済低迷とともに産業育成の仕事がなくなり、経産省は今や「広告代理店」のような仕事をやっている、と。
だから安倍前政権では、内閣支持率を常に意識しながら、世論の動向に敏感に反応し、派手に〝やってる感〟を出すことが重要視された。
そして、その今井氏は常に首相の傍らにピタリ寄り添い、政権だけではなく安倍氏個人をも守った。そして、安倍前首相もかなりの部分を今井氏に任せていた。実際、内政については、人事も含め、事実上、今井氏と官房長官だった菅氏の2人が取り仕切っていたと言ってもいい。
一方、菅政権では、官邸で菅首相に最も近いとされるのは杉田和博官房副長官と和泉洋人首相補佐官の2人。杉田氏は警察庁出身、和泉氏は国交省出身の技官。仕事は手堅いとしても、世論動向に敏感とは言えないだろう。
そのうえ、最大の問題は、菅首相がこれまでの自身の政治手法を踏襲して、人に任せることなく、何でも自分でやろうとすることに加え、杉田氏も和泉氏も、菅首相に対し直言できる立場にないことだ。他の官僚も、人事で飛ばされたり、責任を取らされる恐れから、遠目で眺めているだけで近寄らない。
その結果、「菅首相は孤立しているように見える。加藤官房長官も機能していない。官邸はすっかり司令塔不在だ」(自民党ベテラン議員)
安倍前首相が以前、月刊誌のインタビューで「ポスト安倍」に菅官房長官はどうか、と聞かれ、「菅総理には菅官房長官がいない」と答えていたことを思い出す。今、こうなってみると、あれは名言だった。
最後に、前現首相の性格的な違いにも触れておきたい。
安倍氏は、「桜を見る会」に関し、国会で118回の虚偽答弁をしたように、平気で嘘をつける。それは、夏休みの宿題のノートが真っ白なのに「やったよ」と言って、始業式に元気に出かけて行った、という子供時代からの筋金入りだ。
一方、菅氏は嘘が下手というか、態度に出る。山田広報官辞職当日の衆院予算委員会で、野党議員から「意見が対立した官僚は更迭された」と指摘されると色を成して反論し、「感情で人事をしたことはない。そうでなければ本(自著)に左遷したことを書くわけがない」と「左遷」だったと本音を口にしてしまった。
その意味では、安倍氏より菅氏の方が正直なのかもしれない。嘘つきの方が政権運営が安定するというのは、いただけない。
後手に回った山田広報官辞職 側近いない菅政権の構造的ミス |
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【小塚かおるの政治メモ】「なんでも自分」で官邸内でも孤立する菅首相
公開日:
(政治)
Reuters
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小塚かおる(日刊現代第一編集局長)
1968年、名古屋市生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。関西テレビ放送、東京MXテレビを経て、2002年から「日刊ゲンダイ」記者。その間、24年に渡って一貫して政治を担当。著書に『小沢一郎の権力論』、共著に『小沢選挙に学ぶ 人を動かす力』などがある。
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