想定していなかった8月28日の安倍晋三首相の辞意表明にもかかわらず、その日のうちに、次の自民党総裁を決める総裁選挙は党員投票を行わない「両院議員総会」方式で行うことで調整が進んでいる。
自民党の党則では、総裁は、任期途中の退任でも、原則、総裁公選規程により公選されることになっている。国会議員と党員・党友の投票により行われ、国会議員票と党員・党友票は同数だ。
今回なら国会議員票394票と党員・党友票394票の合計788票で争われることになる。しかし、党則には、ただし書きで「特に緊急を要するときは、党大会に代わる両院議員総会においてその後任を選任することができる」とあり、「政治空白があってはならない」「総裁選をやっている時間はない」などの理屈で、党執行部は両院議員総会での選出にしようとしている。
総裁選の方式は9月1日の総務会で最終決定する見通しだが、両院議員総会方式になれば、国会議員票394票に対し、地方票は47の都道府県連に各3票の141票。県連票には所属国会議員の意向が反映されやすく、事実上、国会議員だけで総裁を決めることになる。
党員投票を省略するのは、世論調査で常に次の総裁候補のトップとなり党員人気も高い石破茂元幹事長を有利にさせないためとされるが、その心は、安倍政権の主流派派閥がこの先も主流派として権力を持ち続けるために、次の総裁を水面下の協議によって決めたいという思惑がある。
安倍政権は末期になるにつれ、その屋台骨が「安倍首相―麻生太郎財務相」VS「二階俊博幹事長―菅義偉官房長官」という構図になってきていた。今度の総裁選でも両勢力の暗闘が続いている。
安倍首相の退陣表明翌日の8月29日から二階派サイドの動きが先行。同日、二階氏と菅氏が会談し、30日には複数メディアで「菅氏が出馬の意向を固める」と報じられた。
任期途中の病気退陣なので、官房長官である菅氏なら安倍政権の路線が継承でき、緊急登板に最適という理由だ。総務会で総裁選の日程や方式が決定した後に菅氏が出馬表明するという。
これに対し、安倍首相の出身派閥である細田派と麻生派はどう対応するのかが注目されているが、いずれにしても選挙とは名ばかりの派閥の論理による密室談合の様相である。
これで思い出されるのが、20年前の小渕恵三首相の退陣時のことだ。
2000年4月2日、小渕氏が突然、脳梗塞に倒れ、緊急入院。青木幹雄官房長官が首相臨時代理に就き、森喜朗幹事長、野中広務幹事長代理、亀井静香政調会長、村上正邦参院議員会長の5人の協議により、次の総裁を森氏とすることに決め、同5日、国会で森氏が首相に指名された。この一件は、「5人組」による「密室談合」「密室政治」と厳しく批判されたものだ。
小渕政権を継承する形で始まった森政権は、同年夏の沖縄サミットの成功や景気回復など小渕首相が注力していた政治課題に取り組んだが、「日本は天皇を中心とした神の国」や「無党派層は寝ていてくれればいい」など森首相の失言が相次ぎ、支持率は20%台で低迷。
翌2001年2月10日、ハワイ沖で日本の高校生の練習船「えひめ丸」が米軍の潜水艦と衝突して沈没した際、ゴルフ場にいた森首相は一報を受けてもゴルフを続けていたことが大問題となり、支持率が1ケタまで急落。同年4月26日に退陣に追い込まれた。
この時、森首相の早期退陣の引き金を引き、再びの密室談合による次期総裁選びを阻止したのは東京都議会議員だった。夏に都議会議員選挙を控え、森総裁では戦えないとして、都議らは同年3月に行われた自民党大会で抗議行動に打って出た。会場の日本武道館の前に都議らが並び、党大会に集まる党員たちに向けて、総裁選の公選化を求めるビラをまいたのだ。
抗議行動は東京以外の地方県連や党員らの共感を呼び、党執行部は、党員の声を反映させた総裁選を実施せざるを得なくなった。それまでわずか1票しかなかった地方票が3票に拡大され、ほとんどの県連で党員らによる予備選が行われた。その結果、小泉純一郎総裁が選出されたのだった。
以降、選挙を一切やらない密室協議の総裁選出はさすがになくなったものの、執行部の意向や派閥の論理が働く両院議員総会方式が、その代役を担っている。
2007年の第1次安倍政権と2008年の福田康夫政権の任期途中の退陣時、前者は国会会期中、後者は国連総会直前かつ国会召集日が決定済などの理由で、両院議員総会で選んだ。だが、党内若手・中堅議員や地方議員などから「党員投票を行うべき」という反発が起きている。
今回の総裁選で、森政権を思い出させるのは、都議会議員選挙が来夏に予定されていることもある。密室談合の結果の新政権ならば、都議選は「不吉」の兆候だ。
菅官房長官が旗振り役となっている「GoToキャンペーン」を筆頭に、安倍政権の新型コロナウイルス対策への評価は散々で、モリカケ問題などで露呈した、公文書を改竄・隠蔽するような安倍政治の継承を世論は望んでいない。
100万人超の党員の声は国民の声に近い。党員投票を実施せずに選ばれた新首相が森氏と同じ短命政権の道をたどる可能性は高い。
自民党は談合体質の密室政治が嫌われて、2009年に下野したのに、7年8カ月の長期政権で胡坐をかき、完全に先祖返りしてしまった。
派閥談合の総裁選に既視感 |
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【小塚かおるの政治メモ】「5人組」の密室政治と来夏に東京都議選という「不吉」
公開日:
(政治)
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小塚かおる(日刊現代第一編集局長)
1968年、名古屋市生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。関西テレビ放送、東京MXテレビを経て、2002年から「日刊ゲンダイ」記者。その間、24年に渡って一貫して政治を担当。著書に『小沢一郎の権力論』、共著に『小沢選挙に学ぶ 人を動かす力』などがある。
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