「現行憲法も施行から75年が経過し、時代にそぐわない部分、そして不足している部分については改正していくべきではないか」
憲法記念日の5月3日、岸田首相が東京都内で行われたシンポジウムに自民党総裁としてビデオメッセージを寄せ、憲法改正への意欲を示した。7月10日の投開票日程が有力視されている参議院選挙後に改正に向けた議論を本格化させる考えだという。
ロシアによるウクライナ侵攻の影響もあり、憲法改正への関心がにわかに高まっているとされる。報道機関の世論調査では総じて「憲法を改正すべき」が「改正すべきでない」を上回り、「改正すべき」の比率は去年より増えている傾向にある。
だが、NHKの世論調査を見て、ちょっとした違和感を覚えた。
憲法記念日当日のニュースで報じられた調査結果は次の通りだ。
今の憲法を改正する必要があると思うかどうかを聞いたところ、「必要があると思う」が35%、「必要はないと思う」が19%。憲法9条改正については、「必要があると思う」が31%、「必要はないと思う」が30%で、去年の同じ時期に行った調査では「必要はない」が「必要がある」をやや上回っていたが、今回は同程度になった、と伝えた。
「必要ある」と「必要ない」を合わせても100%にほど遠いのが不思議だったので、円グラフで記された結果をよく見ると、実はいずれの設問でももっとも多いのは「どちらともいえない」だった。
前者は「どちらともいえない」が42%、後者は34%だ。NHKは例年、選択肢に「どちらともいえない」を設けていて、毎回この答えが一番多くなるため、「毎度のこと」として言及しなかったのかもしれないが、国会での改憲機運が熱を帯びている中で、それでも「どちらでもない」が最多となった意味を、もっと大事にすべきではないだろうか。
つまり、改正する必要があるのか、ないのか、多くの人が今も「判断がつかない」ということで、ただ単にストレートに是非を問われても、そもそも何がどう変わるのか、何をどう変えるのか、よく分からないから答えられない、ということではないか。
自民党の改憲案は、「4項目の改正・追加」だ。①憲法9条への「自衛隊」の明記と「自衛の措置(自衛権)」の言及②緊急事態条項の創設③参議院の「合区」解消④教育の充実(当初は教育無償化)で、これは2017年5月に当時の安倍晋三首相が提起したものが引き継がれている。
ただ、世間にそれほど浸透したと言えないまま、あれから5年が経過し、改憲が必要な項目があるとしても、今この4項目なのかどうか。現首相の岸田氏も、この4項目を「たたき台」と表現しているほどで、何をどう変えようとしているのか、よく分からないから判断できない人がたくさんいるのは、仕方がないように思う。
施行から75年が経過し、時代が変化しているのは間違いない。本当に改正が必要ならば「不磨の大典」としてしがみつくことはないが、その大前提として、国民の多数が、何をどう変えるべきか、なぜ変えた方がいいのか、しっかり理解した上でなければならないのは言うまでもない。
理解不足の一例を挙げると、前述のNHKの世論調査で、9条改正を「必要」とした人の理由は「自衛力を持てることを憲法にはっきりと書くべきだから」が64%で最も多かった。
自民党の改憲案で「自衛権」を憲法に書き込む必要性を唱えているから、NHKの調査でそうした選択肢が設けられたのだろうが、<憲法9条で「戦力」と「交戦権」を放棄していても、独立主権国家の自然権(国家が先天的に持つ権利)としての自衛権は国連憲章51条により認められている。(憲法学者の小林節慶大名誉教授)>としたら、「自衛権」について憲法に書き込むための改正など、そもそも必要ないことになる。
今、最も避けなければならないのは、なんだかよく分からない中で、野党がバラバラの間隙を突くかのように、憲法改正の議論がどんどん進んでいくことだ。「日本を取り巻く安全保障環境の変化に対応するため」というのならば、なおさら将来に禍根を残すような拙速な改正は危うい。
熟議の国会はどこへ行ったのか。国会議員の責任が今ほど問われることはない。ひいては、国会議員を選ぶ有権者の責任が問われているということでもある。
にわかに熱気の憲法改正 世論調査には国民の迷い |
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【小塚かおるの政治メモ】何をどう変えるのか、本当に必要か、熟議がない不思議
公開日:
(政治)
憲法=Reuters
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小塚かおる(日刊現代第一編集局長)
1968年、名古屋市生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。関西テレビ放送、東京MXテレビを経て、2002年から「日刊ゲンダイ」記者。その間、24年に渡って一貫して政治を担当。著書に『小沢一郎の権力論』、共著に『小沢選挙に学ぶ 人を動かす力』などがある。
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