衆院選が終わってからの1カ月、メディアなどでの選挙総括は立憲民主党への〝集中攻撃〟一色だ。
立憲民主党が、議席減の責任を取る形で辞任した枝野幸男前代表の後任を決める代表選を行っていたことも背景にはあるが、メディアの関心は「共産党との野党共闘の是非」ばかりに集中。そうした報道が続くことで、本当はもっと他にも総括されていい話が、こぼれ落ちたり歪曲化されたりしているように思う。
確かに、共産党を含めた野党共闘について、立憲民主党は有権者に対する説明が不足していた面は否めない。本来なら、候補者の一本化を含め、野党共闘では野党第一党である立憲民主党が主体的に動く必要があったのに、枝野前代表がギリギリまで曖昧な態度を取り続け、結局、「市民連合」を介して他の野党と同じ立場で共闘に参加するという消極的な形だったからだ。
世論調査で有権者の多くが「与野党伯仲」を求めていることが分かっていた。「与野党伯仲で国会に緊張感をもたらしたいから、議席数を増やすために野党は共闘する」などと、もっと丁寧に、共闘する意味や目的を有権者に語っていれば、「限定的な閣外からの協力」という文言にとらわれ過ぎることなく、選挙期間中の与党による「立憲共産党」などの揶揄にもきちんと対抗できたのではないか。
改めて強調しておきたいのは、立憲民主党は選挙前の110から96へと14議席減らしたが、その原因は比例代表が23議席減だったためで、候補者を野党で一本化した小選挙区では選挙前の48から57に議席を増やしていることだ。小選挙区制度である以上、候補者を一本化するのは選挙戦術として当然である。
次点の惜敗率が90%以上だった大接戦区は全国で53選挙区に上った。野党共闘によって小選挙区で苦しめられた自民党は選挙結果を「薄氷の勝利」と位置付けていたし、自民党で長年、選挙実務を担ってきた幹部も「野党共闘に一定の効果はあった」と話していた。
つまり、自民党は野党共闘に恐れをなしていたからこそ、逆にそれを〝アキレス腱〟にすべく共闘批判を展開したのである。
自民党の甘利明幹事長(当時)が、「自由民主主義の思想で運営される政権か、共産主義が初めて入ってくる政権とどちらを選ぶのかという政権選択だ」と前時代的な物言いで、立憲民主党と共産党の共闘が選挙の争点だとブチ上げたのは、10月14日の記者会見だった。
以降、自民党は選挙期間中、党を挙げて立憲民主党と共産党の共闘を批判し続けるのだが、そんな自民党に攻撃のヒントを与えたのは他でもない、立憲民主党の最大の支持団体であるはずの「連合」だった。
連合は10月6日の定期大会で新会長に芳野友子氏を選出。芳野氏は翌7日の初の記者会見で「共産党との閣外協力はあり得ない」と発言し、それが大きく報じられた。連合は労働運動をめぐって共産党と対立してきた歴史があるため、芳野氏は従来からの連合のスタンスを表明したまでなのだろうが、衆院選の公示2週間前のタイミングの初会見である。
注目の度合いが平時とは違う。芳野氏がストレートに共闘批判をしたため、「連合 立憲に不快感」などと報じられ、必要以上にセンセーショナルに受け止められた。
最大の支持団体と足並み揃わず、立憲民主党は目前に迫った選挙を戦えるのか――という不安定感を世間に広げる効果は十分で、選挙巧者の自民党に争点づくりの材料として利用されたのである。
芳野氏はさらに10月21日にも「立憲と共産の距離感が縮まっている。非常に残念だ」と発言するなど、選挙期間中も立憲民主党と共産党との共闘を牽制している。
こうして見てくると、連合の機を見極めない発言が立憲民主党の足を引っ張り、議席を減らす要因のひとつとなったとも言える。支援団体ならば、もう少し言葉を選んで発言することはできなかったのだろうか。
もうひとつ、立憲民主党の議席減の原因は比例で23議席減らしたためだと前述したが、これについてもあまり指摘されていないことがある。
略称「民主党」の案分票の問題だ。
衆院選で立憲民主党と国民民主党はともに略称を「民主党」と届け出て戦ったため、各地の投票所で「この略称表記は正しいのか」という疑問の声や苦情が寄せられたという。こうした「民主党」と書かれた比例票は、それぞれの党の得票割合に応じて振り分ける「案分」が行われたが、NHKによれば案分された「民主党」票は、34都道府県で197万3362票あった。
また、毎日新聞によれば案分票は全国で実に400万票に上った可能性がある。静岡県内の各自治体で7~8%の案分票が出ており、全国で少なくとも7%あったと換算するとそういう計算になるという。
国民民主党は選挙前の8から11へと議席を増やし、日本維新の会と同様に〝躍進〟したと総括されている。確かに小選挙区は、下馬評通り前職6人全員が当選して強かったものの、議席増分はすべて比例で、選挙前の2から5へと3議席増えたのは、案分票の効果があったからではないのか。
2019年の参院選で国民民主党(分裂前の旧国民民主党)は比例の議席を4から3に減らしているのに、なぜ今回は比例を2.5倍にできたのか不思議でならない。
ちなみに比例で3議席を獲得したれいわ新選組が全国で獲得した比例票は221万票だ。それだけでも「民主党」と書かれた200万とか400万という案分票の規模の大きさが分かる。
案分票によって立憲民主党が損をし、国民民主党が得をしたのかどうかは、もちろん、案分票がどちらの党を意味していたのかが分からない以上、誰も断定はできないが、玉木雄一郎代表が語っているように「野党共闘から一線を画し、独自路線を進んだこと」が本当に国民民主党の議席増の理由なのか、本当に国民民主党は躍進したのかは、もっと冷静な分析があっていい。
立憲民主党が議席を減らしたのは、共産党との共闘以前に、枝野前代表が選挙直後に言っていた通り「一票一票を積み重ねる足腰が弱かった」のであり、勝利への一層のしたたかさや、政党としての魅力が足りなかったことに尽きる。
首をかしげたくなる立憲と共産共闘への集中攻撃 |
あとで読む |
【小塚かおるの政治メモ】選挙区では議席数を伸ばしたのに
公開日:
(政治)
立憲民主党=PD
![]() |
小塚かおる(日刊現代第一編集局長)
1968年、名古屋市生まれ。東京外国語大学スペイン語学科卒業。関西テレビ放送、東京MXテレビを経て、2002年から「日刊ゲンダイ」記者。その間、24年に渡って一貫して政治を担当。著書に『小沢一郎の権力論』、共著に『小沢選挙に学ぶ 人を動かす力』などがある。
|
![]() |
小塚かおる(日刊現代第一編集局長) の 最新の記事(全て見る)
|