いったん口に出したら、やめられないとまらない。それが「スガ流」だ。
菅義偉首相の長男が勤める放送関連会社「東北新社」側から、7万4千円超の高額接待を受けていた山田真貴子内閣広報官が3月1日、体調不良を理由に辞職した。
接待を受けた2019年11月当時、山田氏は事務次官に次ぐ総務審議官のポストにいた。利害関係者からの接待は、国家公務員倫理規程に違反する。収賄罪で刑事告発されることも目に見えていた。そんな人物が、官邸からの情報発信を担う内閣広報官の職責を果たせるわけがない。「接待漬けの“上級国民”が何を言ってやがる」と思われるのがオチだ。
だが、菅首相は2月24日、記者のぶら下がり取材に「女性の広報官として期待している」「今後とも職務に頑張ってほしい」と続投を明らかにした。この日、事務次官級の谷脇康彦総務審議官ら9人は懲戒処分を受けたが、特別職の国家公務員だった山田氏は処分なし。
その山田氏は翌25日、国会で「女性の目線、あるいは皆様の考えをよく踏まえながら自らを改善していきたい」と答弁し、菅首相に歩調を合わせた。
いやいや。菅首相が山田氏に期待するのは勝手だが、そこでなぜ「女性」を持ち出すのか。これでは「女性だから大目にみて。今後に期待して」としか聞こえない。ジェンダー平等の観点からみて明らかに間違いだ。
山田氏の「女性の目線」も意味が分からない。女性目線があれば、高額接待を受けたことも、接待の場に誰がいたかも「にわかに思い出せない」けれど、首相の長男と会話していないことだけは明確に覚えている――。そんな芸当ができるのだろうか。
ばかばかしい。みんなわかっている。菅氏が「女性」を持ち出したのは、山田氏を続投させるための方便でしかないことを。理由は、山田氏に辞められると首相の任命責任に及ぶからだ。山田氏は、菅首相が総務相だった時代から目を掛けられ、安倍政権では女性初の首相秘書官に就いた。推薦したのは官房長官だった菅首相自身だ。与党議員も官僚も政治部記者も、山田氏のことを「菅ファミリーの一員」と見ている。
ほかの総務省幹部と異なり、山田氏は「既に退職したから」という理由で懲戒処分も受けなかった。これを世間では「えこひいき」と呼ぶ。世間の女性にとって非常に迷惑な話だ。「やっぱり女性は大目にみられる」などと思われれば、女性の社会進出を妨げることにつながりかねない。
だから、山田氏には「女性の目線」などと安易に言って欲しくなかった。もし山田氏が「女性だからいろいろ不問にされ、ここまで出世した」という評価を受けたら、さぞや不満ではないだろうか。それとも、笑顔でやり過ごして「わきまえた女」にならなければ、生き残るのが難しかったのだろうか。
それでもやっぱり、ワーキングマザーとして古い霞が関の世界で頑張ってきた自負があるのではないか。いろいろ疑問が浮かぶ。
一記者として見ると、山田氏の内閣広報官としての仕事はまったく評価できない。山田氏が司会を務めた7回の首相会見で、一部の社が3~4回指される中、東京新聞と日本テレビの2社だけは、一度も指名されていない。
また、質問に対する答弁の意味が明瞭でなかったり、はぐらかされたりした場合、記者が再質問する「さら問い」をするのが当然だが、山田氏はこれを封じるために司会の最中に「お席からの質問はお控えください」とけん制し続けた。
そこに菅首相を守る「目線」はあったのかもしれない。だが、国民の知る権利には一つも寄与しなかった。そして、「飲み会を絶対に断らない女」は接待も断らなかった。全体の奉仕者たる公務員としての「わきまえ」を忘れてしまったようだ。
さて、官房長官時代は「危機管理に長ける」と周囲にもてはやされていた菅首相も、すっかりカンが鈍ったのだろう。山田氏の続投判断は最悪手だった。週刊誌が総務省ネタで「二の矢」「三の矢」を構えていることぐらい、予想していなければならなかった。そもそも、相次いで判明した総務省幹部の接待漬けが、東北新社の1件で終わるわけもない。
3月1日、週刊文春の報道で、山田氏が総務審議官時代の20年6月に、利害関係者のNTTから高額接待を受けていたことが判明。この会食の自己負担はわずか1万円だった。
取材が及んだのだろう。28日に山田氏は入院し、杉田和博副官房長官に辞意を伝えた。山田氏は25日の国会で、他の業者からの接待について「ルールにのっとって対応してきた。基本的には割り勘」と答弁したばかりだった。
山田氏が辞職した3月1日、菅首相はぶら下がり会見で、そもそも山田氏を起用したことについて「女性のきめ細かさとか、あるいは日本の女性の官僚の数も少ないですし(中略)、そういう形の中で期待して登用させていただいた」と、またもや「女性」を口にした。
当たり前だが「きめ細やかさ」に性差はない。こんなジェンダー平等に鈍感な発言をする先進国トップはほかに見当たらない。世界経済フォーラムの「ジェンダー・ギャップ指数2020」によると、日本の総合順位は153か国中121位で過去最低。特に、政治分野は144位で、ワースト10入りだったが、この数値を裏付ける言動だ。
菅氏は、山田氏の続投理由に「女性」を挙げた手前、強調しなければならなかったのだろう。実際、山田氏の後任探しの基準は「適任の女性はいないか」だったようで、「かたっぱしから女性官僚らに声をかけまくっているが、断られている」という情報が永田町関係者から入った。本来、能力で選び、その結果女性であるなら問題ない。だが、「俺の言うこと聞く女はいねえか」では、順序は逆だ。
言葉を曲げれば、政敵や官僚からなめられ、力の源泉を失う。「女性の広報官」と言ってしまった以上、ひきかえせない。おかしいと周囲が指摘しても頑迷につっぱる。保身のための後付けの理屈にこだわる。日本学術会議の推薦委員の任命拒否問題と同じ構図だ。
総務相時代、人事で官僚を従わせた結果がこの現状だ。とすると、官房長官時代に全省庁の官僚を従わせたことで生じた「ゆがみ」は今後、さらに各省庁で表面化するだろう。
山田広報官騒動に透ける菅首相の女性観 |
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【望月衣塑子の社会を見る】鈍感・安易に「女性」を持ち出すが、えこひいきにしか見えない
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(政治)
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望月衣塑子(東京新聞記者)
1975年、東京都生まれ。東京新聞社会部記者。慶應義塾大学法学部卒業後、東 京・中日新聞に入社。千葉、神奈川、埼玉の各県警、東京地検特捜部などで事件 を中心に取材する。2004年、日本歯科医師連盟のヤミ献金疑惑の一連の事実をス クープし、自民党と医療業界の利権構造を暴く。東京地裁・高裁での裁判を担当 し、その後経済部記者、社会部遊軍記者として、防衛省の武器輸出、軍学共同な どをテーマに取材。17年4月以降は、森友学園・加計学園問題の取材チームの一 員となり、取材をしながら官房長官会見で質問し続けている。著書に『武器輸出 と日本企業』(角川新書)、『武器輸出大国ニッポンでいいのか』(共著、あけび 書房)、「THE 独裁者」(KKベストセラーズ)、「追及力」(光文社)、「権力 と新聞の大問題」(集英社)。2017年に、平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励 賞を受賞。二児の母。2019年度、「税を追う」取材チームでJCJ大賞受賞
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