「ごまめの歯ぎしり」と言っては失礼かも知れないが、弱小官庁の環境省がまた実力官庁の経済産業省に押し切られ、無念の涙を飲むはめに追い込まれた。石炭火力発電の条件付き容認のことである。
環境省は全国で相次ぐ大型石炭火力発電の新設計画に対し温暖化対策上問題があるとして、環境影響評価(アセス)で異議を唱えてきた。特に昨年は年末にCOP21(国連気候変動枠組み条約締約国会議)の開催が予定されており、20年以降の温暖化対策の国際的枠組みが採択される見通しだった。この会議の大きな課題の一つは、CO2(二酸化炭素)を大量に排出する石炭火力発電の縮小・廃止だった。
たとえば米国は昨年8月に「グリーンパワープラン」を改定し、30年までに発電部門のCO2を05年比32%削減することを発表した。米国の電源構成は2000年に石炭火力が50%以上を占めていた。12年には38.8%まで低下、昨年末には20%台まで縮小、30年には10%を下回ると見られている。一方、英国は昨年11月中旬、「25年までに石炭火力を全廃する」と発表。12年現在の同国の石炭火力は総発電量の40%を占めているだけに思い切った決断だ。ドイツも昨年7月にCO2の排出量が大きい褐炭を使う石炭火力5基を操業停止すると発表、今後も石炭火力の削減に取り組む計画だ。
他方、世界最大の温暖化ガス排出国の中国は30年までに国内総生産当たりのCO2排出量を05年比60~65%削減、インドも同33~35%減を公約している。両国とも火力発電の大部分は石炭火力だ。
昨年、世界の主要国の間で急速に高まった石炭火力の縮小・廃止の高まりを追い風に、環境省は昨年6月、山口県宇部市で23年以降の稼働を目指している大型石炭火力(2基、出力計120万kw)について、環境アセス上問題ありとして「ノー」を表明したのを皮切りに、中部電力が愛知県武豊町で計画している石炭火力など昨年だけで5件の大型石炭火力発電計画に異議を唱え、意気軒昂振りを見せた。一部の環境NGO,NPOの間からも「環境省、やるじゃん」と評価が高まっていた。
この間、大型石炭火力の推進を進めたい主務官庁の経産省は、環境省の動きに刺激的な言動を控え、態度を鮮明にしてこなかった。COP21で日本の石炭火力推進がやり玉にあがらないように慎重な姿勢を貫くという経産省の高度な配慮があったと指摘するエネルギー専門家もいる。パリ協定の採択も無事に終わった。
年が明け、4月には電力小売りの全面自由化が始まる。このタイミングで経産省が動きだした。最先端技術でCO2の排出量を極力抑えた大型石炭火力発電を優先させ、CO2を大量に排出する旧式の石炭火力を順次廃止する、発電効率の悪い火力発電の新設は認めない、電力会社に削減目標を提示させ、排出実績を開示させる、30年には火力発電のうち石炭火力の割合を50%以下にする、などの条件で環境省に受け入れを迫った。
安倍首相の経済政策は財務省の影響を極力抑えるため、経産省傾斜が目立つが、産業政策では全面的に経産省に依存している。今回も大型石炭火力の推進について安倍首相への根回しを十分した上で、環境省に容認を迫った。環境省には抵抗の術がない。条件付き容認で手を打つのが精一杯だった。最先端技術で旧来施設と比べ最大35%削減できるとしても、大量のCO2を排出する構図は変わらない。政治が決めることとはいえ、環境省内部には無力感、失望感が漂う。
世界的に石炭火力の縮小・廃止の動きが強まる中で、日本だけが石炭火力に突出する姿勢には今後も海外から一段と批判の声が強まるだろう。20年以降の削減目標を定めたパリ協定の日本の目標達成は遠のくばかりだ。
石炭火力発電容認に追い込まれた環境省の歯ぎしり |
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【緑の最前線⑯】日本のエネルギー政策を考える⑧
公開日:
(政治)
CC BY /Rennett Stowe
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三橋 規宏:緑の最前線(経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授)
1940年生まれ。64年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、科学技術部長、論説副主幹、千葉商科大学政策情報学部教授、中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長等を歴任。現在千葉商大学名誉教授、環境・経済ジャーナリスト。主著は「新・日本経済入門」(日本経済新聞出版社)、「ゼミナール日本経済入門」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)、「サステナビリティ経営」(講談社)など多数。
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