8年近い歴代最長の首相在任期間を誇った安倍晋三氏の空白は大きい。日本の政界には突然のお別れに呆然としている人が多い。
誰がその穴を埋めるのか。なかなかその後を埋める人材は見当たらず、首相としての岸田氏が担うほかはない。結果として岸田氏の権力は大きくなる。少し時間がたつと岸田一強という状況が生まれていてもおかしくない。
安倍氏が担っていた最大の「役割」は、首相時代の彼自らが推進した日本人のアイデンティティの確立、もう少し俗っぽくいうなら、ナショナリズムの勃興、浸透を加速させることだった。
しばしばナショナリストが世界中で纏いがちな「男尊女卑」の思想の延長として世論調査では7割を超える賛成のある夫婦別姓制度の導入を阻もうとした。
安倍氏周辺といわれる政治家は、しばしば中国、韓国問題には感情的に反応する。昨年末は、北京五輪の政治的なボイコットを求め、圧力をかけ続けた。岸田政権も最終的にはボイコットの腹を固めながら良いタイミングでカードを切ろうとしていたのに、国内事情で押し切られる形になった。国益を損ねた局面だった。
こうした安倍氏の政治信条を引き継ごうとする政治家が出てきそうだが、首相8年のキャリアに匹敵する人物はいない。継承者になろうとする人物は現れるだろう。たとえば高市氏。安倍氏の代理のような形で自民党総裁選に出馬し、いまは党政調会長の要職にある。本来なら適任だが、安倍氏ほどの求心力はなく、支える子分はだれもいない。
その証拠に安倍氏が健在だったとしても、参院選後の内閣・党人事の再編時に政調会長からは外される予定だった。
党内最大派閥の清和研究会の会長ポストは誰が継ぐのか。これも、一時的な空白のあと、衆院議長を終えた安倍氏の前の会長の細田氏が返り咲くのが順当だったが、かずかずの失言問題で派内の信認を失っている。もともとあった、安倍系列と福田系列の対立が表面化し、分裂につながりかねない状況だ。
ナショナリスティックな勢力や清和会は徐々に衰退に向かう可能性が高い。参院選後には、安倍氏とのある程度の対立も覚悟していた岸田政権にとっては、抑え込まれていた存在がなくなり、フリーハンドが得られたといえる。
だが、安倍氏に対抗しているリーダーとして、アンチ安倍からの支持が岸田氏に集まっていた「事実」も見逃せない。安倍氏という強大なライバルを失うことは、地金がでるリスクに直面することでもある。
参院選ということし最大の国内政治ショーの前に、安倍氏は逝った。テロ反対は戦後政治が築き上げた最も強固なコンセンサスであり、自民党への同情票が生まれやすい。選挙区では接戦区も多いだけに場合によっては雪崩現象のような自民圧勝を演出するかもしれない。岸田政権にとっては追い風になる。
問題は、戦後日本の最大の汚点のひとつになりかねない、元首相へのテロを徹底的に解明できるかどうかだ。それがなければ、個性のない岸田政権への支持はあっという間に揺らぐだろう。
ポスト安倍の人材なし ライバル失った岸田首相 |
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【編集長コラム】事件の徹底解明を、日本の病巣抉り出せ
Reuters
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土屋 直也(ニュースソクラ編集長)
日本経済新聞社でロンドンとニューヨークの特派員を経験。NY時代には2001年9月11日の同時多発テロに遭遇。日本では主にバブル後の金融システム問題を日銀クラブキャップとして担当。バブル崩壊の起点となった1991年の損失補てん問題で「損失補てん先リスト」をスクープし、新聞協会賞を受賞。2014年、日本経済新聞社を退職、ニュースソクラを創設
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