「勝ちに行っている」
ある自民衆院議員は河野太郎ワクチン担当相の10日の自民党総裁選立候補会見をこんな風に評した。
河野太郎といえば、かつては、いわゆる長老、幹部への忖度のなさ「毒舌」ぶりが、突出感として特徴だった。自民党議員らしくなかったのが、官房長官時代からの菅首相に閣僚に登用されるようになってから変貌してきた。10日の会見では、独自の意見は封じ「現実政治家」を意識させる発言が目だった。
特に、党内で注目を集めたのは、財務省の文書改ざんなど森友問題の再調査を「必要はない」と一蹴したことだ。安倍や麻生への明確な配慮の姿勢で、野党からは攻撃されそう。だが、自民党内では「大人の対応」に映ったことだろう。国民向けにはけっしてほめられない姿勢でも、総裁選を無難に勝ち抜くには有利な選択をしている。
ほかにも、保守派から嫌がられそうな過去の発言。たとえば、女系天皇の容認発言に関しては、有識者会議が有為な議論をしてくれているといわゆる専門家に下駄を預け、言質を取らせなかった。
注目の原発に関しても、「原発の新増設は現実的ではない」としながらも、規制委員会が安全性の判断をしているとして、再稼働を改めて容認。「あなたは脱原発派なのか」と問われると、脱原発はひとによって定義が違うとかわした。あえて過去の発言は修正しないことで「変節」と言われるのを回避しつつ、安倍・菅政権の路線を踏襲する安全運転を続けた。
ひとつ気になったのは、非核三原則を堅持するのか、を問われて、答えなかったことだ。米国は対中戦略として、日韓に中距離核の配備を水面下で求めている。当面は米軍基地への配備になりそうだが、三原則のひとつ「持ちこませず」は米国の要求を飲めば、維持できない。自民党総裁となった場合は、自分の政権の間に変更を迫られる。外務、防衛大臣を経験したうえで、この流れを意識した優等生発言だった。
このように、河野会見は全体に安全運転に終始し、河野色を封印している。かわす技量の巧緻さばかりが目立っているが、裏返して言えば、自分が本命と意識しているから個性を出す必要がないと判断しているのだろう。
今後の自民総裁選は石破氏が立候補するかどうかが、来週の焦点になる。石破氏は議員票は多くの獲得が望めないだけに、最終的な当選の可能性は低い。そうとう迷っているだろう。要職で処遇の打診が、本命の河野からあれば、見送りに傾く可能性が高いが、河野陣営には石破の支持がない方が議員票は取り込みやすいとの見立てもある。これから駆け引きがあるだろう。
いずれにしても、菅退任で、本命は河野、他の候補はチャレンジャーの構図になりつつある。政策や駆け引きで、岸田など他の候補が、河野を安全運転から引きずり出せるかどうか。
派閥の拘束が崩れ、一次投票では党員票が過半数を占めるだけに、ちょっとした失言や態度が流れを変える。まだまだ見どころはあるのだろう。野党にとっては自民ばかりが話題を独占する状況が続くことになる。なるほど、菅首相は自民の救世主に見えてくる。
河野会見「安全運転でつまらない」 本命を意識し河野色を封印 |
あとで読む |
【編集長コラム】安倍へ配慮 日和見っぽいが自民内では支持アップへ
公開日:
(政治)
Reuters
![]() |
土屋 直也(ニュースソクラ編集長)
日本経済新聞社でロンドンとニューヨークの特派員を経験。NY時代には2001年9月11日の同時多発テロに遭遇。日本では主にバブル後の金融システム問題を日銀クラブキャップとして担当。バブル崩壊の起点となった1991年の損失補てん問題で「損失補てん先リスト」をスクープし、新聞協会賞を受賞。2014年、日本経済新聞社を退職、ニュースソクラを創設
|
![]() |
土屋 直也(ニュースソクラ編集長) の 最新の記事(全て見る)
|