8月28日、安倍首相は持病の潰瘍性大腸炎の悪化を理由に辞任を表明し、7年8ヶ月にわたる長期政権に幕を閉じた。
私は、2007年夏の参議院選挙で自民党が大敗した後、第一次安倍改造内閣に厚労大臣として入閣したが、そのときも安倍首相は今回と同じ理由で突然辞任した。私は、その後継の福田、麻生内閣でも留任したが、2009年夏の総選挙で民主党に政権を奪われた。
2012年12月の総選挙で自民党は政権を奪還し、第二次安倍内閣が成立した。その後も、安倍首相は2014年12月、2017年10月の総選挙、2016年7月、2019年7月の参議院選挙に勝利し、政権を維持し、憲法改正が可能なほどの安定的な与党勢力を享受してきた。
短命政権が多い日本で、長期政権によって政治の安定をもたらしたこと、アベノミクスによって経済を回復させたこと、日米同盟を基軸として日本の国際的地位を向上させたことなど、評価すべき業績は多い。しかし、全ての長期政権と同様に、腐敗と社会の淀みを生んだこともまた否定できない。
第一は首相官邸に権力を過度に集中させたことである。
人事とカネを握ることによって党内の支配を貫徹させる。河井克行夫妻が逮捕されたが、通常は1500万円のところが案里候補へは1億5千万円も党本部から渡っていたというのは、安倍を不愉快にさせた溝手議員を落選させるという私情から出たものではなかったのか。
役人については、幹部官僚の人事権を内閣人事局に集中させることによって、森友、加計、桜を見る会などに見られるような忖度行政を生んでしまった。
しかも、各官庁から派遣される首相の秘書官は2年くらいで後退させるのが常なのに、長期に留任させ続けた。選挙で選ばれたのではない役人が長期に権力を持つと、やはり腐敗するし、世間の風に疎くなる。アベノマスクやアベノコラボの失敗は、その典型である。彼らを私はラスプーチンに喩えてきたが、この日本版怪僧たちが、ロシア帝国ならず、安倍帝国の墓堀人となったのである。
第二は、支持率を上げるためのマスコミ操作、応援団作りに長けていたことである。世論を自分に有利なように誘導するのは、権力者の常である。世論踏査、SNS分析など様々な手法を駆使して、上手くマスコミを動かしてきた。マスコミ、とくにテレビは、使い勝手の良い官邸擁護派の政治評論家を多用して、官邸の期待に応えた。
さらには、極右やネトウヨと呼ばれる人々を支持者として調達し、安倍批判をする者を執拗に攻撃させた。今でこそPCR検査の重要性を国民は理解したが、当初は厚労省も専門家会議も、保健所の負担が増えるなどといった本末転倒の理由を挙げて検査を抑制してきた。
テレビで検査の拡充を訴えた東京の大谷義夫医師は、ネトウヨや安倍支持者から政府に反対するのかと脅迫された。それは、診療行為にも支障を来すようにエスカレートし、大谷氏はテレビ出演を止めている。これは、安倍政権の負の側面を象徴するエピソードである。
また、安倍応援団の嫌中派、嫌韓派が日本外交に大きな貢献をしたとは言えないだろう。拉致問題も解決していないし、日韓関係は最悪のままである。安倍首相自身は極右でもないし、地元の下関では在日の人たちと親しくしている。私は、対岸の北九州市の出身なので、関門海峡を挟んだ地域、そして安倍家についてはよく知っている。
出版界を見ても、きちんとした研究に基づく日本論ではなく、ネットの情報をつなぎ合わせたような日本礼賛論を日本滞在歴の長い外国人に(の名前を使って)書かせている。書いた本人が内容を知らないと聞いて仰天したことがある。
テレビのワイドショーも出版物も、「パンとサーカス」を求める愚民を対象に、視聴率と部数を伸ばすことだけを考えた浅薄な作りとなってしまっている。かつて、テレビについて、大宅壮一は「一億総白痴化」と警告したが、雑誌や本までがそうなってしまっている。まさに「浅薄な時代」であるが、それを一気に進めたのが安倍長期政権であった。
ポピュリズムと言えば、トランプ大統領やBrexitが典型とされるが、安倍政権もまたその一つに加えてよいのかもしれない。政権の長期化には、民主党政権の「悪夢」やその後の野党の非力化があるが、同時に、人気取りに終始した安倍首相の政権運営にも批判のメスが入れられるべきである。そして、その背景には、日本人の知的能力の低下があることも忘れてはならない。
次に誰が首相になろうが、この状態を改めてほしいが、それは高望みかもしれない。
安倍長期政権が生んだもの、歪めたもの |
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【舛添要一が語る世界と日本(53)】「浅薄な時代」の象徴、安倍政権の退陣
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(政治)
CC BY-SA /Adam Jones, Ph.D. - Globalj Photo Archive
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舛添 要一(国際政治学者)
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