菅義偉退陣後の新首相を実質的に決める自民党総裁選で、9月29日、岸田文雄前政調会長が河野太郎行政改革担当相との決選投票を制して勝利した。岸田新総裁は10月4日召集される臨時国会で、第100代の首相に選出される。
大手紙は一夜明けた30日朝刊で東京を除く各紙が1面に政治部長の「論文」を掲載し、社説(産経は「主張」)でも一斉に取り上げた。論調は政府・与党へのスタンスで異なるが、評価のポイントは安倍晋三前政権、菅義偉政権という過去9年弱の政治の見方だ。
この点について、岸田氏のこの間の言動だけを見る限り、あからさまな否定は避け、継承色が強いものの、全面肯定でもない、微妙なところだ。
8月26日の出馬会見では「国民政党であったはずの自民党に声が届いていないと国民が感じている」「国民の信頼が大きく崩れ、我が国の民主主義が危機に陥っている」と主張した。この時点で菅首相との争いになるとの見通しから、菅政権の説明不足を意識し、かなり強い対決姿勢を示した。
ただ、菅首相の退陣表明、河野氏らの参戦で選挙の構図が変わる中で、個々の問題では安倍、菅政権への配慮がむしろ目立つようになる。学校法人「森友学園」への国有地売却をめぐる公文書改ざん問題では、出馬表明当初はテレビ番組などで「国民が納得するまで説明を続ける。これは政府の姿勢としては大事だ」「(再調査については)国民が納得するまで努力をすることは大事だ」と述べたが、後日、「再調査は考えていない」と否定に転じた。
経済政策では、新自由主義からの転換を打ち出し、「成長と分配の好循環による日本型の資本主義を構築すべきだ」と唱え、格差是正や分配も重視する姿勢を示すが、具体的な中身は当面のコロナ対応を中心とした「数十兆円規模の経済対策」のほかに特段、語っておらず、アベノミクスをどう引き継ぎ、どこを転換するのかは不明だ。
このほか、従来は推進の立場だった選択的夫婦別姓は慎重姿勢に転じ、女系天皇は明快に否定、敵基地攻撃能力の保有も「選択肢」と、肯定的な姿勢を示した。岸田派=宏池会はハト派の伝統を受け継ぐ名門派閥だが、安倍氏を筆頭とする自民党右派(保守派)への配慮が目立った。
総裁選を通じた岸田氏のこうした主張を踏まえ、各紙はどう論じたか。
安倍、菅政権に批判的、懐疑的だった朝日、毎日、東京は、前2つの政権との関係を正面から問う。
朝日は坂尻顕吾政治部長が1面論文で〈「岸田氏は総じて「安倍・菅路線」を正面から否定せず、部分的に修正しながら対応する姿勢だ〉と分析。総裁選が、こうした「負の遺産」を断ち切る機会になりえなかったとの見方を示した。
社説では〈(総裁選の)帰趨を決めたのが結局は、永田町の中の数合わせであり、安倍前首相ら実力者の意向に左右されたというのでは、岸田氏が当選後のあいさつで力を込めた「生まれ変わった自民党」というには程遠い〉と、最後は派閥の数の論理で岸田総裁が誕生したと指摘。
森友、夫婦別姓、女系天皇その他、岸田氏の総裁選の中での発言に懸念を示し、〈負の遺産の清算どころか、政権運営全般に安倍氏の影響力が強まらないか、先が思いやられる〉と、強く警鐘を鳴らす。
毎日も、1面中田卓二政治部長論文で〈一皮めくれば派閥の論理が見え隠れした。……岸田氏をはじめ、どの候補も派閥横断で支持を広げる思惑から長期政権の総括には及び腰だった〉と指摘。
社説では、〈7年8カ月に及んだ安倍長期政権と、1年で行き詰まった菅政権の「負の遺産」にけじめをつけ、国民の信を取り戻せるか、その覚悟と実行力が厳しく問われる〉としたうえで、総裁選で河野氏がトップだった党員票と、岸田氏が多数を集めた国会議員票の「ねじれ」を踏まえ、〈裏で影響力を行使するキングメーカーのように振る舞ったのが安倍氏だった。……党の「実力者」の意向に、政権運営が左右されるような権力の二重構造に陥ってはならない〉と、今後、安倍氏などとの距離が重要になるとの見方を示した。
東京は1面の解説記事で「安倍・菅政治の継続選択」との見方を示し、社説では、安倍・菅両政権を〈政権中枢の意向に沿う者を重用し、国会での議論を軽んじ、国民を分断し、説明責任を果たさない独善的な政権運営〉だったとして、〈岸田氏は……自らも関わった「安倍・菅政治」をどう総括し、何を引き継いで、何を引き継がないのか、まず明確にする必要がある〉と求めている。
日経の社説も、状況分析は朝日など3紙と同様で、〈今後の党運営は、安倍晋三前首相や麻生太郎副総理・財務相らの意向に配慮しながら進めていくことになろう。……「院政」と受け止められれば、世論は背を向けかねない。衆院選の結果次第では短命政権になる可能性もなしとはしない〉と警告。
説明不足が致命的だった「菅内閣の教訓に学べ」として、〈この人は国民と同じ目線でものが見えていると共感してもらうこと〉が肝要だと指摘している。
一方、安倍、菅政権を支持してきた読売は、1面村尾新一政治部長論文では岸田氏選出が河野氏の「発信力」より「安定感」が決め手になったとして、岸田氏の「聞く力」「寛容さ」といったソフトイメージを評価し、菅首相の「説明不足」からの転換に期待を示す。政権の「本質」を問うというより、手法に重点を置いた論で、安倍政権には一言も触れていない。
社説では、さすがに〈決選投票では、高市早苗・前総務相を推した安倍前首相や細田派の多くが岸田氏支持に回るなど、有力者の影響力の強さや派閥の駆け引きも目立った〉と、派閥政治に触れるが、安倍・菅政権についての評価、2つの政権との関係での岸田氏の路線を論じることはなく、コロナ対策、経済対策、外交・安保などの政策課題を列挙し、「党改革」として〈派閥均衡に陥らず、有能な人材を登用することが大切だ〉など一般論を書くのみだった。安倍政権を支持してきた立場からの岸田氏への注文という大ぶりの論は読めなかった。
同じ政権支持でも、産経は安倍政治を全面的に評価してきた立場から、独特の右派としての主張を前面に出す。1面佐々木美恵政治部長論文は〈本紙単独インタビューで……自衛隊明記を含めた4項目の改正実現を自身の総裁任期中に目指すことを明言〉と書き、「言質を取った」と言わんばかりに改憲を迫る。
主張でも、コロナ対策と並んで安保政策が重要だとして、敵基地攻撃能力などに理解を示した総裁選中の岸田氏の発言を確認。特に、産経の主張に近く、議員票で2位になるなど善戦した高市早苗前総務相の防衛費増額やサイバー防衛などの訴えを引き、〈これらも含めぜひ実現してもらいたい〉と迫っている。
岸田体制では、安倍氏、麻生太郎副総理兼財務相と近く、3人合わせて「3A」と呼ばれる甘利明氏が幹事長に、安倍氏が全面支援した高市氏が政調会長に決まるなど、多くの新聞が指摘するように、安倍氏をはじめとした「実力者」の影響力を背に受けての政権発足になる。
鈴木善幸内閣(1980~82年)、中曽根康弘政内閣(82~87年)は、ロッキード事件の刑事被告人ながら「闇証言」と称された田中角栄元首相の強力な後押しでの就任だったことから「角影内閣」「直角内閣」「田中曽根内閣」などと呼ばれもした。岸田氏が「晋影内閣」などと呼ばれることになるのか。はたまた、中曽根氏がそうだったように、首相として実力を蓄え、「自立」していくのか。
〈党の体質が変わらないまま「顔」を替えるだけでは、失われた信頼を回復することはできない〉(毎日社説)のは当然のこと。国民は固唾を呑んで注視している。
朝毎東の3紙は「安倍直系」に警鐘 |
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【論調比較・岸田新総裁】産経は安保、改憲など「安倍・高市路線」迫る
公開日:
(政治)
Reuters
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岸井 雄作(ジャーナリスト)
1955年、東京都生まれ。慶応大学経済学部卒。毎日新聞で主に経済畑を歩み、旧大蔵省・財務省、旧通商産業省・経済産業省、日銀、証券業界、流通業界、貿易業界、中小企業などを取材。水戸支局長、編集局編集委員などを経てフリー。著書に『ウエディングベルを鳴らしたい』(時事通信社)、『世紀末の日本 9つの大課題』(中経出版=共著)。
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