第204通常国会が1月18日召集された。いうまでもなく、新型コロナウイルス感染症対策は待ったなしであり、補正予算案と並んで、新型インフルエンザ等対策特別措置法などの改正案が緊急課題になる。政府・与党は改正法案を固めたが、営業時間短縮に応じない事業者や入院を拒む感染者などへの罰則の新設について、実効性の確保と人権のバランスを中心に激論は必至。大手紙の論調も、一部を除き、罰則には慎重だ。
感染拡大に対し、現場で戦う知事の要望を受けて政府も法改正に急転換した。罰則は感染拡大防止に「実効性を持たせるため」の罰則を盛り込むのが最大のポイントで、対象は、主に飲食店、感染者、医療機関の3者ということになる。
まず、特措法改正案は感染拡大の最大の舞台とされる飲食店について、緊急事態宣言において、現行法で営業時間短縮・休業を要請できるのに加え、「正当な理由」がないのに応じない業者への立ち入り検査、さらに時短・休業を命令できると規定し、立ち入り検査などを拒否した場合には「20万円以下」、命令を拒否した事業者へは「50万円以下」の過料を科せるとする。また、緊急事態に至る前段として「まん延防止等重点措置」も新設し、その命令違反の過料は「30万円以下」とする。
罰則の前提である「補償」については、現行法には規定がない状態を改め、時短などの影響を受ける事業者への支援として「財政上の措置を効果的に講ずるもの」と、国と自治体の義務を明記する。当初案では「努める」という努力目標にとどまっていたが、野党などの批判に配慮したという。ただし、「補償」ではなく、現在でも実施されている「協力金」と同様の扱いにとどまる。一律の金額でなく”被害額”に応じて支給するべきだとの意見も含め、議論を呼ぶところだ。
感染症法改正案では、感染者が正当な理由なく入院を拒否したり入院先から逃げたりした場合の刑事罰として「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」、保健所などの疫学調査の拒否や虚偽回答については「50万円以下の罰金」を設ける。過料が「行政罰」として、いわゆる「前科」にならないのに対し、懲役や罰金は「前科」になるという意味でも、極めて重い罰則といえる。
また、医療機関については、病床確保のため、感染者の受け入れを、現行の「要請」から一段階強めて「勧告」できるよう国や知事の権限を強化。正当な理由なく従わない場合は機関名を公表できるようにする。
政府はこれらの改正案を一括して国会に提出する。与党は1月29日の衆院本会議で審議入り、衆参で実質各2日程度の審議で2月初旬に成立させる方針だ。
もとも菅義偉政権は特措法改正に慎重で、感染収束後に検証して改正を検討する方針だった。罰則を含む私権制限が「強権的」と批判されるのを恐れたためだ。ところが、感染再拡大を受け2020年夏以降、知事から「罰則と補償」の法令への明記を求める声が高まり、「第3波」を受ける中、12月に入ると与党内でも罰則規定必要論が広がり、菅首相は12月25日に法改正の意向を正式に表明する事態に追い込まれた形だ。
こうして罰則の流れが一気にできたが、〈急ごしらえの改正案には粗さが目立つ〉(毎日19日朝刊2面)。改正案を了承した18日の自民党の会合でも「罰則を導入するなら、立法事実を具体的にすべきだ」との意見も出た。立法事実とは、法令違反になる具体的事実で、休業要請に応じない飲食店がこれだけあるから、強制力のある命令や違反者への罰則が必要という理屈付けの大前提になる。これについては、例えば大阪府の吉村文洋知事は19日のTBS番組で「病院を抜け出した患者は大阪府にはいない」などと、立法事実の確認・積み上げなしに罰則導入が進むことへの違和感を語っている。
罰則をめぐる社説は、産経(社説に当たる「主張」)が突出して罰則導入を訴えるほかは、各紙、慎重な論調だ。
安倍晋三前政権から基本的に自公政権支持の論調を掲げる読売だが、今回の罰則については1月16日、「罰則は感染抑止につながるか」と題して〈感染状況が悪化する中では、私権制限もやむを得ないとの判断に傾きがちだが、行き過ぎた法改正とならぬよう留意してほしい〉と慎重論を展開する。
まず、飲食店への罰則について、〈罰則を含めた法改正を要望してきたのは、全国知事会である。現場で指揮を執る知事は強い権限を求めているのだろうが、飲食店の数は多く、罰則を公正に適用するのは容易ではない。政府と自治体が連携し、感染症対策への信頼感を高め、事業者の理解を得ることが先決ではないか〉として、事業者への財政支援の適正な給付水準を詰めるよう要求。
感染者への罰則にも、〈罰則を設けて患者を隔離するのは、国民の差別感情を呼び起こしかねないという懸念がある。差別を恐れて受診せず、感染が分かっても隠すような人が出れば、対策としては逆効果だ〉と、明快に批判している。
毎日(1月13日)は、感染者への罰金について、〈こうした例(感染者が出歩くなど)が対策に差し障るほど多いかは分かっていない。政府は実態を分析し、具体的に説明すべきだ〉と、立法事実の検証を求めたほか、〈罰則導入は感染者への差別助長につながりかねない。体調が悪くても受診を控えるケースも想定される。家庭の事情で入院が難しい人もいる。しゃくし定規な対応は避ける必要がある〉と指摘。飲食店への罰則についても〈協力を得にくいのは、事業者が自粛による経済的な打撃を恐れているからだろう。「協力金制度」を拡充する方が、罰則より効果を上げられるのではないか〉と、拙速な罰則導入を戒める。
朝日(16日)は、〈政治の怠慢や判断の甘さを棚に上げ、国民に責任を転嫁し、ムチで従わせようとしている〉と書き出しでガツンと指摘。感染者への罰則について、〈一部で疫学調査が満足にできないレベルにまで感染者が増え、入院相当と診断されても受け入れ先が見つからない状態だ。いったい何を意図しての罰則の提案なのか〉と、本末転倒を指摘する。
東京はいち早く2020年12月25日、「罰則の効果は疑問だ」と題し、〈「営業の自由」を罰則を伴って規制する考え方には疑問が残る。自由主義社会では私権制限は常に抑制的であるべきだ。……感染症対策を効果的に進めるには、現場で対策を担う自治体が市民との協力関係を築かなければ、社会全体で取り組めない。そうした努力をせず、懲罰的な対応を優先させても理解は得られまい〉と、罰則に疑問を呈したが、具体的内容が詰まっていない段階でもあり、総論的な書きぶりにとどまった。
これら4紙に対し、産経は2020年12月24日、いち早く「特措法改正 感染症封じ込めへ成立急げ」と題し、現行法に罰則規定や休業補償の規定がないことを問題視。1月19日は、飲食店への罰則が必要との立場から〈時短や休業要請には経済的な手当てが伴わなければならない。改正案が国や自治体による「支援」を義務化することは妥当だ〉とする一方、感染者への罰則には〈改正案は私権制限につながるとの批判がある。……(しかし)感染症との戦いは「公共の福祉」であり、法改正は認められる。入院を拒む感染者への罰則は、当人に加え、他の人々の生命と健康を守るための合理的な措置といえる〉と、政府案を擁護している。
ただ、その産経さえ噛みついたのが、政府が1月7日の緊急事態宣言に合わせた政令改正だ。時短に応じない飲食店名を公表できるとするものだが、1月11日の「主張」で「私刑誘発の姑息な悪手だ」と題して強烈に批判。罰則を設けるべきだとの産経の主張を前提に、〈公表の趣旨が感染防止のためその施設に行かないよう周知するため〉としたうえで、加藤勝信官房長官が「感染リスクの軽減をより実効的なものにするため」と説明したことなどを挙げ、〈実効力とは公表による懲罰の代用であり、私刑の可能性で脅しているようなものだろう〉と、指摘している。
対策の「後手」批判を受けてきた菅政権が、罰則という劇薬にまで手を出したのは、一つの賭けかもしれない。ただ、読売でさえ、施政方針を受けた社説(19日)で〈感染症の不安を解消するために今、何をなすべきか、という強い問題意識が感じられなかったのは残念である〉と酷評するほどに、政権が国民の信頼を失っている現状では、罰則=強権イのメージが行政への新たな不信感や反感を招く可能性もある。
それ以上に、国民の間のギスギスした空気を助長しないかが心配だ。気になる世論調査の数字がある。読売が1月15~17日に実施した全国世論調査で、飲食店などへの罰則について、反対が52%と、賛成の38%を上回ったのは、身近な飲食店の苦境などを実感する人が多いからだろう。一方、感染者の入院拒否などへの罰則には68%が賛成(反対27%)という結果だった。「自粛警察」の延長上の数字だろうか。
感染者への罰則について、医療関係の136学会で組織する「日本医学会連合」が「感染抑止も困難になる」との反対声明を1月14日に発表し、入院体制の整備などとともに、むしろ、感染者らへの偏見・差別行為の防止の必要を訴えている。ハンセン病をめぐる差別などを経験した医学界の常識がここにある。強権さえ求める国民の空気は危ういという感覚こそが、民主主義社会では必要なはず。支持率が落ち込み、負のスパイラルに入っているようにも見える現政権に、そこまで気を回す余裕があるか、はなはだ疑わしい。
飲食店や感染者への罰則 読売、朝日、毎日、東京は「行き過ぎ」警戒 |
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【論調比較・特措法改正】産経だけ「合理的」と支持
公開日:
(政治)
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岸井 雄作(ジャーナリスト)
1955年、東京都生まれ。慶応大学経済学部卒。毎日新聞で主に経済畑を歩み、旧大蔵省・財務省、旧通商産業省・経済産業省、日銀、証券業界、流通業界、貿易業界、中小企業などを取材。水戸支局長、編集局編集委員などを経てフリー。東京農業大学応用生物科学部非常勤講師。元立教大学経済学部非常勤講師。著書に『ウエディングベルを鳴らしたい』(時事通信社)、『世紀末の日本 9つの大課題』(中経出版=共著)。
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