ロシアのウクライナ侵攻によるガソリンや食料品の値上がりに対応する緊急対策を政府がまとめた。ガソリン補助増額など国費6.2兆円(民間投資などを含む事業規模13.2兆円)を投じるもの。
自民・公明の与党内で編成するか否かでもめていた補正予算については、小規模補正を組むことで決着した。ただ、補正は予備費の積み増しが主目的になり、ガソリン補助の在り方などにも疑問が噴出している。新聞の論調は、日ごろ与党を支持する読売、産経も含め全紙が「選挙目当て」を指摘するなど、批判一色の趣だ。
岸田文雄首相が「原油価格・物価高騰等総合緊急対策」を4月中に策定するよう、関係閣僚に指示したのが2022年3月29日。財源は、国会の同意なしで支出できる22年度当初予算の予備費5.5兆円(通常の予備費5000億円、新型コロナウイルス対応のための予備費5兆円)を活用するというものだ。
首相・自民党のシナリオは、まずガソリン高対策などスピードを重視した「総合経済対策」を組み、対策の規模を数兆円に収めて予備費で賄い、これで足元の物価上昇への対応をアピールしたうえで、7月の参院選の公約に大型の経済対策のメニューを盛り込み、秋の臨時国会で本格的な補正予算を編成する――という2段構えで進めるというものだった。
国会に補正予算案を出せば、予算委で審議しなければならず、野党に「見せ場」を与えることになる。実際、審議では野党が政府案を上回る規模の対案を出し、政府案は不十分と批判するのは確実。補正予算には様々な業界の要望を反映することになるが、選挙前に予算が通ってしまえば、業界団体などの選挙運動が緩む恐れもあるといった判断が、補正予算回避論の背景にある。
ところが、連立与党の公明党が異を唱え、今国会での補正予算の成立を主張した。「予備費が不足すれば政権の責任だ」(山口那津男代表)などと猛烈に自民党に迫ったのは、参院選に向け「実績」をアピールしたいとの狙いとされる。
約1カ月にわたり自公協議を続けた結果、妥協策として今回の小規模補正予算の方針になった。
主な内容はガソリンの価格抑制目標を1リットル172円から168円に引き下げ、石油元売り会社への補助金上限を1リットル当たり25円から35円に引き上げ、これら原油価格対策に1.5兆円を充てる。また、生活困窮者支援として、住民税非課税世帯などの子ども1人あたり5万円、2022年度から住民税非課税になった世帯にも10万円を支給する。自治体向け交付金なども積み増し、中小企業支援も強化――など。
これらの裏付けとなる補正予算案は2.7兆円規模と小ぶり。ガソリン価格抑制、困窮者支援などは22年度当初予算の予備費から約1.5兆円を支出。この分に相当する1.5兆円を補正で予備費に計上して埋め合わせる。併せてコロナに限定していた予備費の使途を、物価対策も加えて拡充する。つまり、予備費を補うことが今回の補正の主目的になったということで、異例の事態だ。
政府は4月26日の関係閣僚会議でこうした対策を決めた。これを受け、主要6紙は27日朝刊で一斉に詳しく報じ、この日に前後して社説でも論じている。
27日朝刊は本記(メイン記事)を毎日と産経が2面、他紙は1面で扱い、主要な内容を説明したうえで、2、3面や経済面などで詳しい解説記事を掲載したが、いずれも辛口が目立った。
各紙の解説記事の見出しを拾うと――
朝日2面「時々刻々」=迫る参院選 予備費連発/公明説得へ自民奇策/使い道自由 監視届かぬ予算/早さ優先 支援遅れる人も」
毎日6面(経済面)=物価対応 場当たり的/岸田政権の理念見えず/ガソリン補助 しぼむ出口戦略
読売9面(経済面)=ガソリン補助 家計配慮/財政負担膨張恐れも
産経10面(経済面)=燃油高抑制は拡充/一定の効果もゆがみ懸念
日経3面=ガソリン偏重 効果に課題/地方ほど恩恵 電気代も上昇 米欧は脱炭素と両輪
東京2面「核心」=ガソリン補助/政府の価格介入 見えぬ「出口」/激変緩和のはずが値下げ政策に/巨額予備費 使途も拡大
見ての通り、ガソリン補助への批判的な記事が目立った。
ガソリンの補助金は、2021年後半の原油高を受けて1月にスタート。当初は1リットルあたり5円上限、期限は3月末までだったが、ロシアのウクライナ侵攻に伴う原油価格急騰を受け上限を25円にアップし、期限も4月末に延ばしていた。
今回、さらに拡充し、9月末まで実施する見通しだ。
まず、価格のゆがみが問題だ。そもそも今回の補助金は急激な値上がりを抑制するという「激変緩和」の趣旨で始まり、それなりの効果は出ているが、拡充・延長は「参院選を控えて政治的な考慮も見え隠れする」(産経)と、「与党メディア」にも指摘される始末だ。
効用の地域差も大きい。自動車利用が多い地方はガソリン支出が消費支出の3.11%を占めるのに対し、東京都区部と政令市は0.96%と3倍の開きがあり、ガソリン補助の恩恵もそれだけ差があることになる。
ガソリンだけ補助というのも疑問だ。燃料の上昇では、家計支出の割合でガソリンの3倍を占める電気代の値上がりも家計には大問題だ。すでにガソリン補助の支出は4000億円を超え、このまま9月まで続けば総額2兆円規模に膨らむとみられる。日経、読売は家計に占めるガソリンの比率がさほど高くないことから、こうした巨額支出が「有効な対策とは言えない」とするエコノミストの分析を紹介している。
「出口策」「出口戦略」も描かなかった。政府が当初、7月以降、基準価格を2週間ごとに1円ずつ切り上げ、補助金を縮小していくことを検討していたが、与党から異論が噴出し、結局、「一定期間経過後、基準価格の見直しを検討する」との表現に後退し、「(出口の)具体策は立ち消えになった」(毎日)と、多くの新聞がこの点も批判している。
このほか、「ガソリン車の補助金は、政府の脱炭素目標とも矛盾しかねない」(東京)などの指摘もある。
社説(産経は「主張」)では、このガソリン補助と、予備費の問題を中心に各紙論じている。
ガソリン補助については、一般記事同様、厳しい文言が並ぶ。
朝日4月28日<期間を延長し補助金も増やす今回の決定は、安易なバラマキ政策と言わざるを得ない〉
毎日27日〈政府が市場に長期間介入するとゆがみが生じる。化石燃料の消費が減らず、省エネや脱炭素の取り組みにブレーキをかけかねない〉
読売27日〈補助金による価格抑制策は、持続可能とは言えまい。……高騰が長期化するなら、燃料を多く使うハウス農家や運輸業、ガソリンが生活に欠かせない家庭などに絞った支援に切り替えていくことが必要ではないか〉
産経27日〈世界的にエネルギー価格が高騰する中で、それを補助金で抑え込むのはもはや限界だ。……ガソリン関係だけを補助する政策の整合性も問われよう〉
日経27日〈市場機能をゆがめる補助金を使った一時しのぎには限界があり、弊害も多い。……再生可能エネルギーへの移行や省エネルギーなどと合わせた抜本策が急務だ〉
東京27日〈価格は高止まりしており補助金の効果は限定的といえる〉
予備費を頼ることには、4紙が一斉に厳しい目を向ける。
朝日23日〈政府の予算を十全に審議することは、国会の最も重要な機能の一つだ。その役割が「予備費の乱用」というかたちで、ないがしろにされようとしている。……近代議会は、予算や徴税の権限を国王から国民の代表に移すことから始まった。その権限を放棄するのは議会の自己否定にほかならない〉
毎日〈政府の予算案を国会がチェックするのが民主政治の基本である。予備費を増やす補正では、国会軽視と受け取られても仕方がない〉
産経24日〈使途を広げて予備費を使うのに国会審議は避けたいというのでは虫がよすぎる〉
東京〈予備費の使途変更を安易に見過ごせば今後、流用が横行しかねない。国会審議で野党はこの問題を徹底的に追及すべきだ〉
読売と日経の社説は予備費問題に言及がないが、読売は1面本記で〈予備費の積み増しを主目的とした補正予算案の編成は異例だ〉と、異常さを指摘している。
なお、今回の対策の直接の記事ではないが、日経は4月23日朝刊で「コロナ予備費12兆円、使途9割追えず 透明性課題」との独自記事を掲載。〈国会に使い道を報告した12兆円余りを日本経済新聞が分析すると、最終的な用途を正確に特定できたのは6.5%の8千億円強にとどまった〉との分析を報じている。予備費の「闇」ということだろう。
ガソリン補助であれ、予備費であれ、これだけ問題を指摘される対策も珍しい。選挙目当てという底意地が見え見えだからだろう。読売、産経も含め、「選挙対策」への批判に言及した。
〈夏の参院選を前にした駆け引きによって、事業規模が膨らんだとみられても仕方ない。一時的な選挙目当ての施策よりも、日本経済を強くするための構造改革にこそ注力してほしい〉(読売)
〈夏の参院選に向けて……真に必要な歳出を手当てするというよりも、政治の思惑が露骨にすぎるのではないか〉(産経24日)
〈夏の参院選を控え、少しでもガソリン価格を安くしたいとの思惑が強く働いた〉(産経27日)
〈「参院選対策」だとすれば、言語道断だ〉(朝日28日)
〈対策の多くは借金頼みとみられる。選挙目当ての対応は無責任だ。……参院選向けに補正で規模を膨らませたい公明党が要求し、選挙協力を重視する自民が受け入れた〉(毎日27日)
〈物価高対策という名の参院選対策と言われても仕方がない〉(日経)
〈参院選を控え、国会での厳しい追及を避けるために予備費の活用に固執していたのなら猛省を促したい〉(東京)
近年まれに見る悪評ふんぷんたる経済対策といえるが、これまで国会審議は順調に進み、このまま政府・与党の思惑通り、大過なく参院選を迎えるのか。補正予算案の審議が波乱を呼ぶのか。
今国会では目下、見る影もない野党の「追及力」が問われる局面だ。
与党メディアすら「参院選に向け政治の思惑が露骨」(産経) |
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【論調比較・物価高騰緊急対策】近年まれにみる悪評で全紙が一致
公開日:
(政治)
Reuters
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岸井 雄作(ジャーナリスト)
1955年、東京都生まれ。慶応大学経済学部卒。毎日新聞で主に経済畑を歩み、旧大蔵省・財務省、旧通商産業省・経済産業省、日銀、証券業界、流通業界、貿易業界、中小企業などを取材。水戸支局長、編集局編集委員などを経てフリー。東京農業大学応用生物科学部非常勤講師。元立教大学経済学部非常勤講師。著書に『ウエディングベルを鳴らしたい』(時事通信社)、『世紀末の日本 9つの大課題』(中経出版=共著)。
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