放送行政を所管する総務省の幹部が、菅義偉首相の長男が勤務する放送関連会社「東北新社」から接待を受けていた問題で、武田良太総務相が2月24日、調査結果をまとめるとともに、谷脇康彦、吉田真人の両総務審議官(次官に次ぐポスト)を減給10分の2(3カ月)とするなど11人の処分を発表した。
政権はスピード決着を図ろうという思惑だが、読売、産経の「与党メディア」も、調査は不十分だと早期幕引きを牽制しており、まだまだ尾を引くのは必至だ。
発端は「文春砲」。2月5日発売の週刊文春(前日にオンラインで一部先行報道)が、谷脇氏ら幹部4人が2020年10~12月、衛星放送やテレビ番組制作などを手がける東北新社の幹部と無届けで会食し、手土産やタクシーチケットを受け取っていたと報じた。
その後の総務省の調査で、2016年から12人の職員が延べ38件、土産などを含め計53万4000円の接待を受けていたことが判明。放送法の許認可を受ける立場の東北新社側出席者が、国家公務員倫理法に規定する利害関係者に該当し、これらの接待が同法倫理規定(金品の贈与を受けることを禁止)に違反すると認定した。
処分は総務審議官2人のほか、秋本芳徳・前情報流通行政局長(2月20日付で官房付に事実上更迭)が減給10分の1(3カ月)、湯本博信・前官房審議官(同)ら4人が減給10分の1(1カ月)、課長2人が戒告など他に課長以下の2人を訓告・同相当に、黒田武一郎次官も監督責任があるとして厳重注意とした。武田総務相は閣僚給与3カ月分を自主返納する。
また、総務審議官在任時、1人当たり7万円超の接待を受けた山田真貴子内閣広報官は、特別職のため総務省の処分対象にならないが、谷脇氏らに見合う給与の一部を返納する。
菅首相が大臣時代、意に沿わない局長を左遷し、著書で課長を飛ばしたと公言するなど、絶大な影響力は周知のこと。
その総務省で、総務大臣秘書官を務めた菅首相の長男が東北新社幹部として接待側にいたという構図に、当初は「長男は別人格」と半ば開き直っていた菅首相も、国会や記者会見で「長男が関係して、結果として国家公務員法違反の行為をさせてしまったことについて、大変申し訳なく、お詫び申し上げたい」と謝罪に追い込まれた。
ただ、「倫理」にとどまらず、許認可での便宜供与などはなかったのか、秋本前局長が他の放送事業者とはこれほど頻繁に食事はしていないと明言したように、なぜ東北新社とだけ「ズブズブ」の関係になったのか、そこには首相長男の存在が影響しているのではないかといった疑問に、総務省の調査結果は十分にこたえてはいない。
武田総務相は24日の処分発表と併せ、一連の会食が放送行政に影響を与えたかを検証するため、副大臣をトップとする検証委員会を立ち上げると表明した。だが、この間も、秋本前局長がBSなどに関する話は出なかったと国会で答弁していたことが、会食の会話録音を文春が暴露して嘘と判明したように、「身内の調査」の甘さが指摘されており、どこまで真相究明できるのかが問われる。
大手紙各紙は連日のようにこの問題に紙面を割き、社説(産経は「主張」)でも繰り返し取り上げている。
処分発表という節目になった25日朝刊は、朝日、毎日、日経が1面トップ、読売、産経、東京が左肩2番手(準トップ)と、いずれも大きく扱い、2、3面、政治面、社会面などにも関連記事が目立った。
政権に批判的な朝日は2面「時々刻々」で、〈接待が繰り返された5年間には、東北新社の衛星チャンネルの認定や更新などが続いた〉と指摘したうえで、総務省が立ち上げる「検証委員会」について〈調査の手法や範囲は未定で、実態解明が進むか不透明だ〉と懸念を示してくぎを刺したほか、「贈収賄 立件は」との見出しの囲み記事で、刑事事件に発展する可能性を指摘している。
同じく毎日は3面「クローズアップ」で「総務省動向 業界左右」との記事で、総務省の強大な許認可権に業界がいかに気を使っているか、また、処分を受けた幹部がそうした行政の重要ポストを歩んできたものが多いことなどを解説。
この日ではないが、20日の同欄でも「総務相幹部 菅氏肝いり政策担当」と、谷脇、吉田、秋本、湯本の4氏が菅総務相時代から重要政策を担い、「懐刀」と言われる人もいることなどを詳報している。
一方、基本的に政権支持の読売は1面本記のほか関連記事は4面(政治面)だけ。それでも、4面1頁の7~8割を使って「許認可に影響焦点」との見出しも取り、〈新規参入による競争激化や重い固定費をめぐる負担など、衛星放送業界が抱える事情が背景にあった〉など業界事情を書き込み、東北新社のへの行政対応に問題がなかったか、さらに、首相の長男の存在の影響にも触れ、「首相の長男から誘われれば断れない」という省内の声も紹介している。
また、「リストに山田氏 政権に痛手」の見出しの記事も載せ、首相が重用し、記者会見を仕切っている山田内閣広報官が和牛ステーキなどの接待を受けていたことの影響を指摘している。
産経は3面の4割程度を使って「政権に打撃/首相身内・抜擢幹部が癒着」と、かなり強烈な見出しをとり、「首相の長男という立場が総務相幹部を過剰な接待の場に呼び寄せた面は否めない」と指摘。さらに、共産党議員が国会で「身内の特別扱いと官僚の忖度という構図は『モリカケ疑惑』と全く同じ構図だ」と指摘したと、肯定的に引用しているのが目立った。
社説は25日までに毎日が6本の〝量産〟。〈菅内閣全体を大きく揺るがす事態になってきたと言っていい〉(25日)という、政権の命運をも左右しかねない大問題だという基本認識があるのだろう。まず2月5日、発覚から間髪入れず、「首相長男の総務省接待 『知らない』では済まない」と書いたのを皮切りに、10日「官僚の答弁拒否も忖度か」、18日「菅首相長男と総務省 特別扱いの疑い強まった」、20日「総務省幹部の更迭 疑惑の解明はこれからだ」、23日「解明の責任は首相にある」、25日「これで幕引きとはいかぬ」と続けた。
朝日、東京、産経は5日または6日にまず「真相究明」を求め、朝日と東京は20、23日に第2、第3弾、産経も23日に第2弾を掲載。
読売は政権にセンシティブなテーマはすぐには取り上げず、世論の動向を見極めて書くことが多く、今回も秋本局長の虚偽答弁なども含め問題が否も応もなく拡大していくのを見極めるように、20日になってやっと取り上げ、23日に再度掲載。日経も18日、25日に書いた。
各紙、様々に書いているが、煎じ詰めれば、東北新社の接待の行政への影響、菅首相長男の役割の2点に収れんし、首相の責任問題にも波及する。
朝日23日〈行政がゆがめられることは本当になかったのか。通り一遍の調査で、その疑いを拭い去ることはできない。……どこまで深く調べたのか、職員の言い分をうのみにしただけではないのか〉
毎日25日〈衛星放送番組の認定などで同社が特別扱いされたのではないかという疑惑の核心部分は、なお未解明だ。今回の処分で幕引きするわけにはいかない。……仮に東北新社に何らかの便宜を図っていたとすれば、……贈収賄となる可能性がある〉
東京23日〈許認可への影響は本当になかったのか。徹底究明すべきだ。……問題は総務省が持つ許認可権に関わり、そこに多額の金銭やそれと同等のものが介在していれば、汚職事件にも発展しかねない重大事である〉
読売23日〈放送行政の公正さに疑念を生じさせる深刻な事態である。……武田総務相は「放送行政が歪められた事実は確認されていない」と強調した。東北新社とどのようなやりとりがあったのかを明らかにせずに、放送行政への影響を否定しても理解は得られない。総務省幹部は他の放送事業者との会食を否定している。ではなぜ、東北新社だけから接待を受けたのか、疑念は深まるばかりだ〉
産経23日〈武田総務相は調査結果の公表前も後も、「放送行政がゆがめられたということは全くない」と答弁し、撤回も拒否した。贈収賄罪など刑事事件に発展する可能性もある事案である。事実関係の説明が二転三転しながら、結果のみの全否定は通るまい。調査は不十分だ〉
日経25日〈放送行政への信頼を損なうゆゆしき事態であり、接待した会社側の目的を含めた事実解明を急ぐ必要がある。〉
読売、産経も含め真相究明の必要を極めて強く訴えている。とても幕引きなどできる状況ではないということだ。
菅首相の責任にも各紙言及している。
朝日23日〈政権全体の信頼にかかわると、首相は重く受け止める必要がある〉
毎日25日〈菅政治のあり方が問われている〉
東京23日〈首相の長男は菅総務相の秘書官を務めた後、二〇〇八年に東北新社に入社。同社の元社長らは一二年から一八年までの間、計五百万円を首相に個人献金していた。……同社と首相との関係や接待が許認可に影響することはなかったのか〉
読売23日〈「長男は別人格だ」という首相の認識自体に問題がある。行政の責任を負う立場にある以上、家族も含め、疑念を持たれないよう行動を慎むのが当然だ。首相は事実関係をつまびらかにすべきだ〉
産経23日〈事態を混乱させたのは「長男と私は別人格」と国会で述べた菅首相の強弁である。首相は官房長官時代も含め、一貫して総務省に強い影響力があり、「別人格」の反論には説得力がなかった〉
日経25日〈首相は長男を総務相時代に秘書官に起用しており、今回の不祥事の道義的な責任は免れない〉
真相究明のため、菅首相の長男らの国会招致についても、〈(首相は)野党が求める長男ら東北新社側の国会招致に応じるなど、徹底した実態解明に向け、指導力を発揮すべきだ〉(朝日23日)、〈まず首相と与党は、長男の国会招致に応じるべきである〉(毎日25日)、〈接待した側された側、双方の関係者を国会に証人として喚問し、事実関係や許認可への影響の有無を徹底的に調べ尽くさなければ、国民の不信は解消されまい〉(東京23日)、〈東北新社が接待を繰り返した目的はなお不明確であり、幹部の国会招致を早期に実現すべきだ〉(日経25日)と、4紙が求めている。だが、読売、産経は国会招致には触れていない。
菅首相は安倍政権が窮地に陥った際、閣僚や官僚の「引責辞任」を押しとどめ来たとされる。第1次安倍政権の閣僚辞任ドミノによる弱体化の教訓とされる。今回、7万円超の接待を受けた山田広報官を守るのは、自身が重用してきた山田氏から政権が崩れるのを懸念していると推察できる。第2次安倍政権で鉄壁の守護神だった菅首相は、自分を守り切れるだろうか。
総務省接待 読売、産経「与党メディア」も調査不十分 |
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【論調比較・総務省接待】朝日、毎日、東京、日経「首相長男ら国会招致を」
公開日:
(政治)
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岸井 雄作(ジャーナリスト)
1955年、東京都生まれ。慶応大学経済学部卒。毎日新聞で主に経済畑を歩み、旧
大蔵省・財務省、旧通商産業省・経済産業省、日銀、証券業界、流通業界、貿易 業界、中小企業などを取材。水戸支局長、編集局編集委員などを経てフリー。東 京農業大学応用生物科学部非常勤講師。元立教大学経済学部非常勤講師。著書に 『ウエディングベルを鳴らしたい』(時事通信社)、『世紀末の日本 9つの大 課題』(中経出版=共著)。 |
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