防衛省は8月末に決める来年度予算の概算要求で過去最大の5兆2986億円を計上すると伝えられる。6年連続の増加で、今年度の当初防衛予算より約1000億円多い。陸上配備の弾道ミサイル迎撃システム「イージス・アショア」導入の関連経費が入ったためだ。
陸上イージスは秋田市の陸上自衛隊新屋 (あらや) 演習場と、山口県萩市の同むつみ演習場に配備する計画だ。本体価格は1基1340億円、30年間の維持費等を含む総経費は2基で4660億円と見積もられている。
だがこれには迎撃ミサイル(1発約40億円、定数は1基に24発、2基で48発だと約2000億円)は含まれていない。一部の用地取得や整地、隊員の宿舎などを含めれば総額7000億円を上回りそうだ。
小野寺五典防衛相は昨年11月の参議院予算委員会で「一般的な見積もり」として「1つ大体800億円」と答弁していた。7月30日に進水したイージス艦「まや」(満載時推定10600t)の建造費は1680億円、うち船体、機関等が約800億円だから、陸上イージスを配備すれば1基約800億円、「1隻分の経費で2個所に配備できる」と思ったのも無理はない。
だが米国側は艦載用のレーダー「SPY1」より強力なレーダー、ロッキード・マーチン社の「SSR」を採用すべきだとし、それを含め1基1340億円を要求、防衛省はその言い値を呑んだ。
米国製装備の導入は大部分が米国防総省のFMS(対外有償軍事援助)により行われ、代金は前払いだが、価格、納期は米側の見積もりに過ぎず、米側は拘束されない。米軍や他国軍への供給が優先され納期が守られないことはよくある。
パキスタンは一時米国の武器禁輸の対象となり、米国はF16C/D戦闘機の引渡しを停止したが、「代金を返却すればフランスなどから購入することになる」として返金せず、アフガニスタン攻撃の際にパキスタンの協力が再び必要となって、やっと戦闘機を渡したこともある。
■必ず高騰する米国製武器
FMSでは当初の見積りより後に価格が高騰するのが常だ。2012年に42機導入を決めたF35Aステルス戦闘機は最初の4機は1機96億円、翌年に150億円、2016年には180億円になった。日本政府もこれには反発したところ、17年度には147億円に値下げした。
こうした暴騰の例は無人偵察機「グローバル・ホーク」、垂直離着陸輸送機「オスプレー」など、枚挙にいとまがない。
米国側は当初は低い見積りを示し、日本政府がそれを元に採用を決め、後もどりできなくなるのを見計らって価格を吊り上げることが多い。日本が独自に装備開発をすることを手を尽くして妨害し米国製装備の販路を確保することもある。
日本のFMSによる米国製装備の調達で代金を前払いしたのに納入されなかったり、精算による過払い金の返却がされない「未精算額」は1999年度には2903億円に達した。
会計検査院に指摘されて防衛庁(当時)は米政府に督促し改善を図ったが2016年度末でも納期を1年以上過ぎても納入されていなかったり、2年以上精算がされていない額は計812億円もある。FMSによる購入額は2012年度に1372億円だったが、16 年度は4881億円に急増し、それにつれ未精算額も再び増大しそうだ。
しかも陸上イージスの導入は元々自衛隊が求めたものではない。「アメリカ・ファースト」のトランプ政権が対日貿易赤字縮小のために米国製兵器の一層の輸入を要求し、それを呑んだ安倍政権の「政治的主導」により、昨年12月に安全保障会議と閣議でイージス2基の輸入を決めた。‶軍人″が必要としていない装備を政府が押し付ける珍妙な形だ。
本来、防衛力整備計画は陸、海、空3自衛隊が必要と考える装備や部隊編成を提案し、防衛省内で協議を重ね、財務省などと交渉して案を作成、国家安全保障会議と閣議で承認されて決まるものだ。
■「大綱」にも「中期防」にもなかった陸上イージス
だが、陸上イージスは2013年12月17日に定めた「防衛計画の大網」(約10年を見通す)にも、同時に決めた「中期防衛力整備計画(2014年度から5年)にも入っていなかった。当時の日本では誰もその導入を考えていなかったのだ。「大網」と「中期防」を無視して巨大プロジェクトを突然入れるなら「大網」、「中期防」は無意味になる。
もし情勢が急変、緊急事態になれば「大綱」と「中期防」を改定し、予定しなかった計画を加えることも認められようが、北朝鮮は2006年から核実験を行い、2003年から弾道ミサイル「ノドン」の発射実験を続けていたから、想定外の脅威が突如出現した訳ではなかった。
防衛省は遅まきながら2019年度以降の中期防に「陸上イージス」を書き込み、「大綱」も修正する考えだが、これは「フライング・スタート」を公然と認めることになる。
現在日本は弾道ミサイル迎撃用の「SM3ブロック1A」ミサイル(射程約1000㎞)を搭載するイージス艦「こんごう」型(満載9630t)4隻を持っているが、艦艇の4分の1は定期整備のためドックに入っているのが普通で、行動可能なイージス艦は3隻だ。そのうち常に2隻を弾道ミサイル警戒のために洋上に出動させ続けるのはたしかに無理があるから、「大綱」「中期防」はイージス艦を8隻にすることを決めている。
「あたご」型(同10160t)2隻は新型の迎撃ミサイル「SM3ブロック2A」を運用するよう改装中だ。より大きい「まや」型(推定満載10600t)2隻も建造中で、「まや」は2020年3月に就役、その翌年に2番艦が就役する予定だ。
イージス艦が8隻体制になり、うち「あたご」型と「まや」型計4隻は射程約2500㎞、射高約1500㎞の新型迎撃ミサイルを積む。防衛省は「1隻で日本全域を防衛範囲に入れることが可能となる」と説明していた。
常に、出動可能なイージス艦が6隻あれば、1隻あるいは2隻を交代で弾道ミサイル警戒配備に付け、1、2隻はイージス艦の本来の任務である艦隊防空に回す余裕も出そうだ。2基の陸上イージスは不要だから自衛隊はそれを望まず、防衛力整備計画に入っていなかったのだ。
陸上イージスの導入を正当化しようとする防衛当局者や自称「軍事専門家」たちは、現在のミサイル防衛用のイージス艦4隻では常時警戒体制を続けることは困難である、と説明し、「だから陸上イージスが必要」と説く。だが陸上イージスの運用開始は2023年以降で、その時点ではイージス艦は8隻に増えていることには言及しない。
陸上イージスのレーダーは現在のイージス艦のものより強力で、北朝鮮のミサイル発射を即時に探知できるように言う人もいるが、これは地球が丸いことを忘れた説だ。
主として北朝鮮北部の山岳地帯の地下ミサイル陣地へは秋田県から約1200km、山口県から900kmの距離があり、秋田のレーダーでは弾道ミサイルが8万m以上に上昇し水平線の上に出るまで捉えられない。山口県からだと目標の高度約5万mになって探知可能だ。北朝鮮の沖にいるイージス艦の方がはるかに早く探知できる。
■迎撃ミサイルが陸上イージスではわずか4発
不足なのは迎撃ミサイルの発射、管制をするイージス・システムではなく、ミサイルの弾数だ。「こんごう」型イージス艦は垂直発射機に90発のミサイルを入れられ、対潜水艦ミサイルや対空ミサイルを仮に16発ずつ積んでも、50発以上の弾道ミサイル迎撃用ミサイルを搭載できる。
だが旧型のもので1発16億円、新型は40億円もするから1隻8発しか積んでいない。相手が核弾頭付きと火薬弾頭付きをまぜて8発以上発射すれば対抗できない。イージス艦は8発の迎撃ミサイルを撃てば「任務終了、帰港します」とならざるをえない。
地点防衛用の航空自衛隊の「PAC3」(射程約20km、新型は30km)も同様だ。自走発射機34輌があり、1地点に2両配備するが、各発射機にはミサイル16発を入れられるのに4発しか積んでいない。
1発8億円(新型は10億円か)もするからだ。「PAC3」は不発、故障を考え、1目標に2発ずつ撃つから2輌で4目標にしか対処できない。日本のミサイル防衛は形ばかりだが、政府は「万全の態勢」などと気休めを言っている。
秋田、山口に配備する計画の陸上イージス用には当面各4発の「SM3ブロック2A」を購入する、と言われる。防衛省は秋田市への回答書で「我が国を射程に収める数百発の弾道ミサイルが現実に存在している」と陸上ミサイル配備の必要性を説き、その配備により「防護能力の抜本的向上が図られる」と述べ、8月28日発表の防衛白書にも同じ記述がある。
だが数百発の弾道ミサイルに対し、迎撃ミサイル4発では「防護能力の抜本的向上」になるはずがない。極端な虚偽宣伝だ。仮に将来1基に24発を買っても「抜本的」対策にはならない。
北朝鮮の中距離弾道ミサイルは約300発と言われており、仮に迎撃ミサイルの命中率を非常に楽観的に50%と見ても、600発は必要だ。1発40億円だと2兆4千億円になる。政府はそこまでする気は全くないのに米国が言うままミサイル防衛に巨費を投じ、それを「万全の態勢」と言うのはひどいまやかしだ。
森友学園に関する公文書改ざんとは比較にもならない大規模な欺瞞行為だ。ミサイル防衛に関わった自衛隊幹部たちに「イージス・アショア導入よりは、弾の数を増やす方がまだしも合理的では」と私が言うと、ほとんど例外なく「おっしゃる通り」との反応が返ってくる。
■秋田、山口への配備はハワイ、グアム防衛が狙いか
北朝鮮北部から首都圏に向う弾道ミサイルは能登半島上空を通過し、近畿、中京地域を狙えば隠岐の島付近を経由するから、陸上イージスを配備するとしても秋田県、山口県への配備が絶対に必要とは考え難い。
一方、北朝鮮からハワイに向うミサイルは秋田県上空、グアムに向うものは山口県上空を通るから、それを正面から迎撃するには秋田、山口への配備が好都合、と米国が求めているのでは、と考えられる。
米国はルーマニア、ポーランドに陸上イージスの配備を進め、韓国には「サード」を配備したが全額米国が負担し、米軍人が運用する。新型の「SM3ブロック2A」は長距離ミサイルを迎撃でき、グアムなどの防衛に役立つから、少なくとも半額程度は米国に負担を求めてしかるべきだ。
また秋田市の新屋演習場は市街地にごく近く、秋田商業高校と背中合わせで隣接している。秋田空港で離発着する民間機はその前面の海上を経由することが多いからレーダー電波の干渉が起きそうだ。
萩市のむつみ演習場は日本海岸から約10kmも内陸の山地で、その北側約1kmに山口県阿武町に属する集落があり、強力なレーダー電波による健康障害のおそれがある。いずれも迎撃ミサイル陣地としては極めて不適な場所と言うしかない。
イージスのレーダー電波は「Sバンド」と呼ばれるマイクロ波で電子レンジにも使われ、人体等に浸透し熱を発生させる。現在のイージス艦の「SPY1レーダー」は最大出力400万ワットで探知距離は約500kmだが、陸上イージスは約1500kmに届く「SSR」レーダーを使う計画だ。水平線上に出て来る弾道ミサイルを見張るため、通常は北に向けて低い角度で電波を出すが、目標を追尾する際には当然その方向に向ける。
強いレーダー電波を受けると男性の生殖機能に影響し「女の子しか生まれない」との言い伝えが自衛隊にはあり、イージス艦は入港前にレーダーをオフにする。森本敏元防衛相はテレビで「Sバンドは無線LANにも使われている」と安全性を強調したが、無線LANの出力は10ミリワット(100分の1ワット)だから、イージス艦のレーダーの4億分の1であることを知らないようだ。
湾岸戦争や米英軍のイラク侵攻など、近年の戦争では、最初にレーダーや対空ミサイル陣地を叩くのが定石だ。一方、はるか沖合、水平線の彼方の海上を移動するイージス艦などの艦艇は陸上のレーダーでは位置が分からず、攻撃は難しい。
固定し露出しているレーダーとミサイル陣地は攻撃しやすいのだ。だが北朝鮮の弾道ミサイルの誤差は1km以上だから火薬弾頭では効果が乏しく、この種の目標に数が限られた核弾頭を使う可能性も低い。
ただ特殊部隊が侵入してレーダーを銃撃するだけで陸上イージスは機能しなくなるから、その可能性はある。それを防ぐには常に約50 名、4交代で200 名ほどの警備兵が必要と考えられる。「イージスシステムを陸上に配置すれば、艦を動かす人員が不要で人件費が安くなる」とも言われたが、それも誤りだった。
山口県阿武町長は陸上イージス設置に反対を表明し、秋田県知事も疑問を示している。防衛省、自衛隊の中にも費用対効果などの面で懐疑論が根深いなか、配置を強行すれば辺野古の飛行場建設に匹敵するような厄介な事態にもなりかねない状況だ。
陸上イージスで防衛力の「抜本的向上」は「詐欺」 |
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【軍事の展望台】陸上イージスより迎撃ミサイルの充実が先
公開日:
(政治)
Reuters
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田岡 俊次(軍事評論家、元朝日新聞編集委員)
1941年、京都市生まれ。64年早稲田大学政経学部卒、朝日新聞社入社。68年から防衛庁担当、米ジョージタウン大戦略国際問題研究所主任研究員、同大学講師、編集委員(防衛担当)、ストックホルム国際平和問題研究所客員研究員、AERA副編集長、筑波大学客員教授などを歴任。82年新聞協会賞受賞。『Superpowers at Sea』(オクスフォード大・出版局)、『日本を囲む軍事力の構図』(中経出版)、『北朝鮮・中国はどれだけ恐いか』(朝日新聞)など著書多数。
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