政府による農産物輸出拡大の印象操作が進んでいる。輸出額は5月に今年初めて前年を上回り、農水省は「巣ごもり需要拡大で日本産の米や卵が売れたため」と胸を張った。メディアも説明に沿って報じているが、針小棒大に盛った手柄話をうのみにしたように見える。農家の懐とは縁遠い1兆円、5兆円という威勢の良い輸出目標だけが踊っている。
7日付の朝日新聞は経済面で「農水産品輸出回復兆し」というタイトルの記事を大きく掲載した。小見出しで「卵やコメ牽引」「乳製品も好調」とある。3日付のNHKも同趣旨の記事で卵やコメの輸出が大きく伸びたことを紹介している。通信社も同様の内容を伝えている。
こうした記事を読むと「日本の農産物輸出が増え、農家も潤っているな」と多くの人は思うはずだ。
しかし、実態は異なる。5月の農林水産物・食品輸出額は671億円で、前年よりもたしかに20億円増えた。コメ(2億円増加)、鶏卵(3億円増加)が貢献したかもしれない。だが金額で言うと、増加にいちばん貢献したのは税目番号で「その他調製食品のその他」(以下「その他」)と呼ばれる品目だ。輸出額は105億円で全体の15%を占め、1年前に比べて37億円増えている。減少幅の大きいアルコール飲料(14億円減少)、ぶり(10億円減少)、真珠(9億円減少)の落ち込みをすべてカバーするほどの大貢献だ。
ところが農水省の発表に「その他」が登場することはない。農水省はもちろん、一次データを集める財務省も「その他」の中身を知らないからだ。「香りのある糖水、ひじき加工品などが入っているようだ」と農水省は数個の例を挙げるものの、105億円の内訳が闇の中であることは認める。
なぜ5月に「その他」が増えたのか。「全体として家庭(巣ごもり)需要が伸びたので、『その他』も同様の理由かと判断している」と農水省は弁明するが、中身が分からないのだから説得力はない。
実は、政府の農林水産物・食品の輸出額には、「その他」の他にも怪しい品目が多く含まれる。例えばメントールが19年に36億円、同じくクエン酸も5億円あまりが農産物輸出額に計上されている。かつて農産物から抽出されていたという理由だが、今は化学合成に切り替わった。政府の発表する数字がすべて農家の所得に直結するわけではない。
農水省がコメや鶏卵の健闘ぶりだけを例示するのは、政府が掲げる輸出振興で農家所得を増やすという成長戦略が機能していると思わせるためだろう。
印象操作とも言える政府の説明は今回に限らない。安倍晋三首相は1月20日の第201回国会の施政方針演説で「昨年、欧州連合(EU)への牛肉やコメの輸出は約3割増えました」と胸を張った。
数字は正しい。しかし、EU向けのコメ輸出量はわずか1000トン。日本の生産量全体の0・01%で、これが3割増えたことを国政の一番大切な演説でわざわざ取り上げる必要があるだろうか。
安倍氏は農家に身近なコメを例示することで、政権の成長戦略の恩恵を示したかったのだろう。戦果を誇大に描く点で第2次大戦中の大本営発表を思い起こす。政府は30年までに輸出額を5兆円に拡大するという目標を掲げた。メディアは発表を垂れ流すのではなく、批判的に検証することが必要だ。
「コメ、卵の輸出増大」と”誇大広告”の日本政府 |
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【農を考える】メディアは発表垂れ流しにせず、検証を
公開日:
(政治)
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山田 優(農業ジャーナリスト)
農学博士。1955年生まれ。日本農業新聞記者出身で海外農業を担当してきた。著書に『亡国の密約』(共著、新潮社、2016年)、『農業問題の基層とは何か』(共著、ミネルヴァ書房、2014年)、『緊迫アジアの米――相次ぐ輸出規制』(筑波書房、2005年)などがある。
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