▽暑さ対策の試行錯誤
暑さ対策は、廃棄物対策以上に東京大会における環境対策の重要な柱である。もし今年、オリンピックが開催されていたらと考えるとゾッとする。思い出していただきたい。7月下旬、開会式前後の冷たい雨で出鼻をくじかれ、8月に入っての猛暑はアスリートにも観客にも災害級の被害をもたらした可能性がある。結果、散々な大会になっていたかもしれない。
仮に1年後に開催された場合、そうしないためにも、暑さ対策は喫緊の課題である。重責を担うのは組織委員会と都庁の環境局、正確には環境局の外郭団体である公益財団法人東京都環境公社である。競技場敷地内での対策は組織委員会が担うが、最寄り駅から会場までの道のり(いわゆる「ラストマイル」と呼ばれる区間)での対策は環境公社が担当する。
都内14会場のラストマイルの部分に費やす暑さ対策費用は約60億円である。規模縮小を検討する過程でこの数字は動くだろうが、これだけの予算に見合う効果が上がるのか、十分な検証が必要である。
▽実証実験で分かったこと
昨年の夏、いくつかの会場でテストイベントが開催され、それに合わせて暑さ対策の実証実験も行われた。テントを張り、ミストを噴霧し、うちわやネッククーラーを配った。水道局は東京水(水道水)をウォーターサーバーで無料配布した。
小池知事のお気に入りは打ち水だった。予定になかったが、知事の一声で急きょ実施した会場もあった。小さな穴を等間隔に開けたビニールホースを張り巡らせて水道水をちょろちょろまいたのだ。打ち水は、路面の水が蒸発する際の気化熱で涼しくなるとされているが、温度や湿度を計測した結果、その効果はゼロだった。
最も効果があったのは、特殊な遮光性シートで作られたテントの中にミストを大量に噴霧して大型扇風機でかき混ぜたケースだった。最寄り駅から観客をバス輸送する会場では、バス待ちの観客が大量に発生する。大型のテントを用意してこの方式で涼をとってもらったところ大好評で、数値的にも最も良い成績をあげた。
要は、直射日光を遮断して冷たい風を送るのが一番なのである。
ところが、大半の箇所ではそうはならない。最寄駅から会場までのラストマイル、太陽を遮るものがない歩道がほとんどである。歩道の総てに仮設の庇などを設置しミストを噴霧する案も検討されたが、即、却下された。コストがかかりすぎる。当り前だ。
▽遠すぎる会場
対策が限られる中、道中の空きスペースやコインパーキングを借り上げて臨時の休憩所を設けるなど、苦肉の策を準備中であるという。しかし、問題は休憩所の確保に止まらない。ラストマイルが長すぎるのである。
バレーボール会場となる有明アリーナを例に見てみよう。最寄り駅の「有明テニスの森」(ゆりかもめ)からは500m弱だが、何と、この駅は関係者しか使えない(!!)。組織委員会が定めた観客用の最寄り駅は、遠く離れた豊洲駅(東京メトロ)だ。
ここから豊洲市場を目指して歩きはじめ、青果棟手前を左折し橋を渡る。優に2kmはある。会場にたどり着く前に力を使い果たすこと間違いなしである。さらに帰路は別ルートが設定されていて、東雲方面に迂回して豊洲駅に向かうことになっている。それもこれもゆりかもめの輸送能力を考慮してのことだと言うが、さすがに現行の観客輸送計画は無謀なのではないか。
もうひとつ付け加えると、霞ヶ丘のメインスタジアムへの複数ルートのうち、代々木方面からの観客は副都心線の北参道駅を利用することになる。会場までは1km以上。途中、ショートカットできる大きな道があるが使えない。決められたコースは思いのほか不便なのである。
ラストマイルは、観客にとって正に暑さと長さとの闘いである。観戦する前に過酷なサバイナルレースが用意されていると言わなければならない。だが、こうした問題を指摘する声はほとんど上がっていない。本番での混乱が懸念される。
五輪暑さ対策に打つ手なし 最寄り駅から会場までが遠すぎる |
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【都政を考える 検証・五輪と都庁④】小池知事お気に入りの「打ち水」は効果ゼロ
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(政治)
有明アリーナ=CC
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澤 章(都政ウォッチャー)
1958年、長崎生まれ。一橋大学経済学部卒、1986年、東京都庁入都。総務局人事部人事課長、知事本局計画調整部長、中央卸売市場次長、選挙管理委員会事務局長などを歴任。(公)東京都環境公社前理事長。2020年3月に『築地と豊洲「市場移転問題」という名のブラックボックスを開封する』(都政新報社)を上梓。著書に『軍艦防波堤へ』(栄光出版社)、『ワン・ディケイド・ボーイ』(パレードブックス)、最新作に「ハダカの東京都庁」(文藝春秋)、「自治体係長のきほん 係長スイッチ」(公職研)。
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