3度目の緊急事態宣言が今月末まで延長された。菅総理も小池都知事も、宣言前には「短期集中」「人流抑制」を声高に訴えていたはずである。ところが、対策が空振りに終わったにも拘わらず、明確な反省の弁も科学的な分析・評価も聞こえてこない。目の前の状況に場当たり的に対応しているようにしかみえないことは、政治に対する不信感をいやが上にも増幅させるだろう。
そんな中、小池知事にとっては政治生命にも関わる選挙が目前に迫ってきた。7月4日投開票の都議会議員選挙である。
▽何かが起こる都議選
思い返せば4年前の都議選では、自ら立ち上げた地域政党・都民ファーストの会が宿敵・都議会自民党を駆逐して第一党に躍り出た。小池知事は都ファ快進撃の余勢を駆って、この年の秋、希望の党で国政復帰の一発勝負に出たが、排除発言も影響してあえなく撃沈、求心力を失った。これが4年前の出来事である。
今回の都議選で「夢よ、もう一度」となるほど甘くないことは、小池知事自身が一番よく理解しているだろう。と同時に、政治家・小池百合子としての実力が試される重要な選挙であり、次のステップを見据えて何かを仕掛けようとしているのは間違いない。4年に一度の都議選では、必ず何かが起こるのである。
▽築地か豊洲か、相似形の社会状況
ここで注目すべきは、現在と4年前の状況がある意味で似通っていることである。
4年前、都政最大の争点は、築地市場の豊洲市場への移転問題だった。老朽化した築地に留まるのか、地下水汚染が明らかになった豊洲に移転するのか、二者択一を迫られた小池知事は、都議選直前の6月20日、「築地は守る、豊洲を活かす」という基本方針を発表した。
メディアはどっちつかずの方針と批判したが、中身をよく見れば、築地残留を強く匂わせる内容だったのは事実だ。これにははっきりした理由がある。
この年の1月上旬、豊洲市場の地下水調査で基準の79倍のベンゼンが検出されるなど、地下水汚染が明るみになった。当時、私自身が中央卸売市場のナンバー2の次長だったから鮮明に覚えているが、市場移転問題に係る専門家会議は、地下水対策は別途必要とはいえ、「どれほど地下が汚染されていたとしても地表がコンクリート等で覆われているので地上は安全である」と科学的・客観的な考えを再三表明していた。しかし、小池知事は専門家の意見を受け入れず、「科学的な安全より、都民が安心できるかが重要」とした。
「安全より安心」に軸足を置いた小池知事は、都民が豊洲市場の地下水汚染に対する不安を抱いていることを見抜いていたのである。こうして、誰よりも民意の風向きを察知するのに敏感な知事は、科学的な判断よりも心情的な安心を重視することで都民の気持ちを引き寄せ、都議会選に勝利した。ポピュリスト・小池百合子の面目躍如といったところである。
▽争点は五輪開催か中止か
翻ってコロナ禍の現在、都民の間には「コロナが収まらない中で、オリンピックを開催できるのか」という漠然とした不安、あるいは、「こんな時にオリンピックをやっている場合か」という不満が広がっている。こうした民意を小池知事が見逃すはずはない。
7月4日投開票まで2か月を切った都議選の争点は未だ定まっていないが、開催都市である東京の議員選挙で、もし仮に五輪開催の是非を問うたらどうなるか。共産党は堂々と五輪中止を表明するだろうが、自公は正面切って五輪中止を主張できない。市場移転問題に際して、豊洲移転を推進するしか選択肢がなかったこととまったく同じ構図である。
一方で、苦戦が予想される都民ファーストの会は、小池知事主導の下、「ここは一度立ち止まって、都民が安心できる大会を目指すべき。安全であっても安心が得られなければ中止もやむなし」と態度表明することが可能である。そうなれば、都民の一定の支持を得て、失速気味の都民ファーストが息を吹き返すこともできるかもしれない。
▽社会を分断する小池知事の作戦
五輪中止の権限が東京都にあるかは大きな問題ではない。五輪を推進してきた小池知事だが、「断腸の思いで中止もやむなし」との姿勢を打ち出せば、菅首相より決断のできる政治家のイメージを作り出すことができるとの計算があるのではないか。
知事が直接語るのはリスクが高ければ、都民ファーストに打ち出させて、知事は黙認する手法も考えられる。都民の心情にどれだけすり寄れるかが、選挙では重要なのだ。劣勢挽回の切り札として、五輪中止を最大限活用してもおかしくない。
無観客、選手全員にワクチン接種で安全と主張する政府に対して、都民の安心が得られなければ開催する意味がないと対立軸を演出し、自公に一泡吹かせる。4年前と同じポピュリスト政治家としても巧妙なやり方だ。これが小池知事の頭の中にある都議選を戦い抜く作戦ではないだろうか。
「安全安心な東京大会」は開催されても中止になっても、世論が二分されて後味の悪い大会になることだけは確かである。市場移転問題が築地か豊洲かですったもんだした挙げ句、豊洲に移転した現在でもすっきりしないのと瓜二つだ。どちらの場合も小池知事が影の仕掛け人だとしたら、社会を分断することで自らの価値を高めようとする政治家に、都民は二度までも翻弄されることになる。都民はよくよく気をつけなければならない。
小池知事 五輪中止を都議選にぶつける? |
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【都政を考える】4年前の市場移転と似た構図 小池流の再現か
公開日:
(政治)
Reuters
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澤 章(都政ウォッチャー)
1958年、長崎生まれ。一橋大学経済学部卒、1986年、東京都庁入都。総務局人事部人事課長、知事本局計画調整部長、中央卸売市場次長、選挙管理委員会事務局長などを歴任。(公)東京都環境公社前理事長。2020年3月に『築地と豊洲「市場移転問題」という名のブラックボックスを開封する』(都政新報社)を上梓。著書に『軍艦防波堤へ』(栄光出版社)、『ワン・ディケイド・ボーイ』(パレードブックス)、最新作に「ハダカの東京都庁」(文藝春秋)、「自治体係長のきほん 係長スイッチ」(公職研)。
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