政府が年末に編成する予定の2015年度補正予算案に、低所得の年金受給者への給付金を盛り込む案が浮上している。賃上げなどの恩恵が及んでいない年金受給者に現金を配ることで、個人消費を底上げする、というのが大義名分だ。とはいえ、消費拡大にどれだけ結び付くかは未知数で、来年夏の参院選をにらんだバラマキ策との批判は免れそうにない。
「景気をしっかり下支えし、弱さがみられる流れを反転させていかなければならない」。安倍晋三首相は11月16日、訪問先のトルコで記者団に対し、補正予算編成を近く指示する考えを表明した。規模は、2014年度補正予算(3兆1180億円)を上回る案が浮上。財源として2014年度予算の使い残し(1兆5770億円)や、今年度税収の上ぶれ 分などを活用する方向で、国債の追加発行は避ける。
折しもこの日発表された2015年7~9月期国内総生産(GDP)速報値(QE)は2四半期連続のマイナスに陥った。海外では景気後退と判断される状況だが、安倍首相は「QEの状況に合わせて補正予算を打つのではない」と強調した。景気対策を前面に打ち出せば、アベノミクスの失敗を認めることになるためで、補正予算はあくまで首相自身が掲げる「1億総活躍社会」の実現に向けた緊急対策というのが建前だ。
しかし、景気の停滞ぶりは覆い隠せない。アベノミクスによる円安で大企業の収益は拡大し、安倍首相自ら経済界に迫って2年連続で賃上げをさせたものの、円安による食料品などの値上がりで消費者は節約志向を強めている。中国経済の減速も企業の設備投資意欲を冷え込ませ、「景気のけん引役が不在の状態」(アナリスト)だ。安倍政権は、アベノミクスによって大企業の収益が増えれば、中小企業や働く人にも恩恵が広がると見込んでいたが、シナリオに黄信号がともった形だ。
そこで即効性のある景気対策として浮上したのが、低所得の年金受給者への現金給付だ。政府内では、住民税の支払いを免除されている世帯のうち、基礎年金や障害者年金などの受給者約1000万人に、数千円から数万円を給付する方向で検討が進んでいる。そのための必要額は数百億~数千億円になる。
安倍首相に経済政策を助言しているエコノミストらの中には、昨年4月の消費増税後、「アベノミクスに足りないのは低所得者への再分配。低所得者への給付などを手厚くすべきだ」との声が高まっていた。その代表格が本田悦朗内閣官房参与(明治学院大客員教授)で、3万~5万円の給付を提案している(10月16日毎日新聞朝刊)。
給付金が浮上した背景にあるのが、「消費増税による高所得者の消費への影響は限定的だったが、低所得層が消費を減らし、それが景気停滞につながった」(安倍首相に近いエコノミスト)という分析だ。すでに退職している年金受給者には企業収益改善による賃上げの恩恵も及ばないため、経済財政諮問会議の民間議員も11月11日、「低年金受給者にアベノミクスの成果が波及するように対応すべきだ」と訴えた。
有効な景気対策が他に見当たらないという事情もある。財務省は、給付金案が浮上した当初は「単なるバラマキでしかなく、さすが現金給付には大義名分が立たない」(幹部)と一笑に付していた。ただ、公共事業を増やそうにも、既に建設現場では人手不足が深刻化している。さまざまな景気対策のメニューをそろえる時間もない。「有効な需要創出策が見当たらず、現金や商品券を直接配るしか手がない」(同)と、早くもとあきらめ気味。現金給付なら、消費税率引き上げに伴い低所得者に一定額を配る制度を既に実施しているため、「商品券の配布より手間もかからない」(官邸関係者)というお手軽さもあって、現金給付に“白羽の矢が立った”というわけだ。
しかし、給付金にどれだけの景気浮揚効果があるかは未知数。「配るだけで効く」(政府関係者)という声もあるが、仮に短期的に景気を底上げしたとしても、日本経済の長期的な成長力強化にはつながらないとの見方が大勢。参院選を意識した「バラマキ」との批判が強まるのは必至。それでも断固実施するか、安倍首相の最終決断が注目される。