安倍晋三首相の祖父、岸信介元首相は「安保反対」の怒号の中で退陣した。後継の池田勇人政権は「所得倍増計画(月給2倍論)」を看板に「政治」の季節から「経済」の季節に人心を誘導した。鮮やかな転換だった。
その手並みに倣(なら)おうとしたのだろう。安保法制国会で支持率を落とした安倍首相は、内閣を改造し「経済最優先」を打ち出した。だが、看板も陣容も今ひとつなのだ。
所得倍増計画は、元大蔵官僚で、ケインズ経済学を応用した高度成長の“教祖”と呼ばれる下村治博士の青写真に基づいていた。
ところがアベノミクスの「新3本の矢」は疑問符だらけ。「2020年頃に名目GDPを600兆円にする」第1の矢から「あり得ない数値」(小林善光経済同友会代表幹事)、「現実的にはちょっと無理」(三村明夫日本商工会議所会頭)。政権をヨイショするのが常の財界首脳がこうだから、他は推して知るべしだ。
「一億総活躍」のネーミングもダサい。飛び損ねた最初の3本の矢を糊塗(こと)する間に合わせの看板か。一体だれの振り付けなのか。アベノミクスに下村のような理論的支柱や、司令塔—「政権のチーフエコノミスト」と言い換えてもよい―はいないのか。
重鎮とされる麻生太郎副総理・財務相だが、元の第2の矢「機動的な財政運営」の担当のはずだが、歳出削減などで切れ味が全く見えない。消費税の軽減税率をめぐっても事態を掌握できないでいる。
同じ副総理でも、石油危機後に三木内閣の副総理・経済企画庁長官として「狂乱物価」を押さえ込んだ福田赳夫元首相には、比べるべくもない。
TPP(環太平洋経済連携協定)交渉で汗をかいた甘利明経財相だが、司令塔とは呼べまい。新3本の矢にしても、管轄の経済財政諮問会議で議論もされず唐突に飛び出した。
小泉政権で竹中平蔵経財相が、経済財政諮問会議を司令塔に見立て、政権のチーフエコノミスト役を果たしたのには遠く及ばない。
新任の加藤勝信一億総活躍担当相にいたっては、世論調査で「期待しない」が圧倒的。いったい何をする役か、わからないのだ。
改造内閣名簿の閣僚の「担当」を見て笑ってしまった。「デフレ脱却」(麻生)「経済再生」(甘利)「地方創生」(石破)「一億総活躍」(加藤)。同じことを別の表現で表しているに過ぎないのではないか。
「船頭多くして船山に上る」のが心配だ。
行先不明の第三次安倍内閣? |
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チーフエコノミスト不在で漂流するアベノミクス
公開日:
(政治)
第三次安倍内閣=Reuters
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土谷 英夫(ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1948年和歌山市生まれ。上智大学経済学部卒業。日本経済新聞社で編集委員、論説委員、論説副主幹、コラムニストなどを歴任。
著書に『1971年 市場化とネット化の紀元』(2014年/NTT出版) |
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