現在の「憲法改正」をめぐる動きには、大きくわけて二つの流れがある。一つには、2012年4月に自民党が発表した「憲法改正草案」だ。その年の12月に行われた衆院選で自民党が圧勝したことにより、その改正草案が「新憲法」になる可能性が浮上した。
二つ目は、そのような流れの中から出てきた集団的自衛権をめぐるものだ。2014年7月1日に、現行の憲法を変えないまま、集団的自衛権を行使できるという閣議決定がなされた。これは憲法を直接いじるのではなく、憲法の解釈を変える「解釈改憲」の形の憲法改正だ、という意味合いを持つ。その延長線上に、集団的自衛権の行使容認を前提とした安全保障関連法案、いわゆる、新安保法制の閣議決定がある(2015年5月14日)。
そのいずれもの動きに対しても、今、憲法学者が声を大にして批判を展開している。その急先鋒が、慶應義塾大学名誉教授の小林節氏だ。小林節氏がひときわユニークに映るのは、氏が自民党とも長年強いつながりを持ってきた筋金入りの改憲論者だからだ。
この連載インタビューでは、5月26日に国会で審議入りして、大荒れになっている「安保法制」から聞いてみた。
(聞き手:ニュースソクラ編集長・土屋直也)
――端的にお聞きしますが、安保法制は違憲ですか?
そうです。厳密にいうと、安保法制は、憲法9条2項(「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」)に違反しています。集団的自衛権を行使したいのであれば、9条2項を改正しろ、というのが私の立場です。
今回、政府が閣議決定した集団的自衛権行使を容認するという、新しい戦争立法(安保法制)で、注目すべきキーワードはたった二つですよ。存立危機事態と、重要影響事態です。
存立危機事態は、他国が攻撃されてその結果、日本の存立が危うくなる、すなわち、日本人の人権が全否定される明白な危険がある場合を指す、とありますね。これは海外に集団的自衛権を行使して出て行く条件、ということですよね。さっきもいったように、海外で戦争が起きていて友好国が巻き込まれている、そのとき我々日本の存立が危うくなる明白な危険があると見なすと、海外の戦場に軍隊を引っさげて出ていくんですよね。
でも、持ってない軍隊をどうやって出すの? 軍隊がなかったら、戦争はできないですから。それから、交戦権がなくて、どうやって戦闘するの? だから、 「存立危機事態」のもとでの集団的自衛権の行使がまず、憲法違反です。
もう一つが、「重要影響事態」。これがますますわからない。海外で友好国が戦争をしていて、いずれ日本に危険が及ぶであろうと思ったときには、自衛隊は、友好国の軍隊の後方支援ができる、と。後方支援とは、うんとわかりやすくいうと、最前線で引き金を引く以外は何でもできるってことなんです。負傷者や物資の輸送、食事の提供ができる。決定的なのは、輸送ができるということ。輸送なしに戦争はできないですからね。さらにひどいのが、通信ができること。現代の戦争において、通信なんてのは、人間の脳神経と同じじゃないですか。輸送は血管や胃腸。そうやって、米軍の戦争を後方支援するという。
「後方」っていうと、後ろでお手伝いをする、みたいに聞こえるけど、例えば、一万人の師団がいた場合、最前線で戦うのは一千人の突撃部隊なんです。あとの九千人は食糧支援部隊、輸送部隊だったり、通信部隊だったりして、それは戦場の後方にいる人達なんかではなくて、まさに戦場にいる師団に含まれているんです。
だから自衛隊が「後方支援」をするっていうのは、最前線で戦っている、例えば、米軍と切れ目なくくっ付いていくこと、つまり、米軍の一部になることなんです。
繰り返します。「存立危機事態」は集団的自衛権発動事態であって、それから「重要影響事態」というのは、同盟軍後方支援事態です。こんなものを日本国憲法の下でできるのか? しかも政府はこれを平和安全法制と呼んでいるんでしょ。それに対して、社民党の福島みずほさんが「戦争法制」といったら、「失礼なレッテル貼りだ」って政府は怒ったじゃないですか。だけどね、憲法9条で海外で戦争ができないと70年間も国是にしてきたことを取り払って、憲法を無視して、集団的自衛権と後方支援の名の下に、海外に戦争に行けるとする新しい法律を通そうとしているんだから、これは、今までできなかった戦争をできるようにするための法、つまりは戦争法ですよ。だから、福島みずほさんの「戦争法制」というネーミングは正しいんですよ。
それを不当なレッテル貼りだと怒る方がどうかしてますよ。盗人猛々しいというか、すごい開き直りだな、と驚きます。こんなものを「平和」と呼ぶな、と思いますね。