普段なら見向きもされない消費者庁のある官僚の人事が注目を集めている。左遷人事との見方が霞ヶ関の官庁街で広がっているからだ。
注目のひとは経済産業省から消費者庁の取引対策課長に出向していた山田正人氏(91年入省)。通常なら2年は務める同課長ポストを8月28日付で1年で離れた。行く先は経済産業省の出先機関、新都心のさいたま市にある関東経済産業局の部長ポスト。地方へ「飛ばされた」と消費者庁や経済産業省の若手官僚の間で衝撃が走った。
山田氏が取引対策課長として推進していた政策のひとつが、特定商取引法の改正問題だ。訪問販売への規制を強化しようと「迷惑勧誘お断り」のスティッーカー(シール)を玄関などに表示した人の自宅には、訪問販売ができない禁止規定を法改正に盛り込むことを検討していた。
これに拡張販売員の訪問販売で部数を維持してきた新聞業界が猛反発、特に読売新聞社の反発ぶりは激しかった。
消費者庁が説明に回った自民党の有力議員からは「安倍さんと読売新聞社の渡辺主筆との関係はわかっているだろう。やめておけ」と止められたという。この問題に関しては、山田氏の上司にあたる消費者庁の担当審議官も8月に金融庁の参事官に転出しており、この問題が関係して外されたのではないかと噂されている。
人事の背景として、読売新聞と消費者庁との一連のやりとりを指摘する人が多い。少し長くなるが経緯を説明しよう。
6月10日に開かれた消費者委員会の第6回特定商取引法専門調査会には、読売新聞の山口寿一氏が「参考人」として出席し、反対論を唱えた。山口氏は前日の読売新聞社の株主総会後の取締役会で、読売新聞グループ本社代表取締役経営主幹・東京担当兼東京本社社長に就任したばかり。渡辺恒雄主筆、グループ本社社長で東京本社会長の白石興二郎氏に次ぐナンバー3。世代交代期を迎えつつある読売グループで将来はトップの座に就くと噂される大物だ。
専門調査会で山口氏は、「新聞の勧誘の現場では、さまざまな接触のやり方があって、断わられても、やはり取っていただくということも現実にはあるのですね」「いったん断わられても、取っていただくというところまでこぎつけるというのが新聞という商品の現実」と発言し、会場から失笑を買ってしまった。
現行の特定商取引法はその3条の2第2項で「契約締結をしないという意思表示したものには勧誘してはならない」(再勧誘禁止規定)と定めている。委員たちが失笑したのは、おそらく現行法の再勧誘禁止規定が念頭にあったのだろう。法律に抵触しかねない行為をしていることを、当の新聞界の代表が認めたことになるのだから。
消費者委員会委員長代理の石戸谷豊弁護士が「今の話は、断ってもその意思を尊重していただけないわけですか?」と苦笑しながら問いただした。あわてて山口社長が「断られ方も様々ある」と言いかけると、委員たちは爆笑した。(消費者庁の調査会動画 調査会開始から2時間43分ごろ)
山口社長は、「笑わないでください」「ぜひ笑わないで聞いていただきたい」と繰り返した。山口社長は読売社会部で主に司法クラブなど事件畑を歩み、幹部に登用されてからは法務室長などを歴任。コワモテの山口社長の一喝以降、大会議室は静寂に包み込まれた。
よほど腹に据えかねたということだろうか。読売新聞グループ本社はその5日後の15日、永原伸社長室長名で山口俊一消費者庁担当相、河上正二消費者委員会委員長、板東久美子消費者庁長官に「抗議書」を送りつけ、謝罪を要求した。加えて、菅義偉官房長官にも経緯を示す文書を届けている。
官房長官向け文書は「専門調査会の複数の委員たちが声を上げて笑う場面が続き、議事運営にあたる座長が制止しないばかりか、それに同調するかのような対応をするという不当な議事運営が行われました」としたうえで、 こうしめくくっている。
「貴職(菅長官のこと)におかれましては、内閣府消費者委員会、ひいては消費者行政の公正性に今後、疑義がもたれることのないよう適切な対応をお願いします」
抗議の真意を問い合わせたニュースソクラに対し、読売新聞グループ本社広報部は「当社はわたしたち新聞業界の真摯な取り組みに対する侮辱と受け止め、抗議書を送付した」と答えている。
読売新聞はさらに、消費者委員会と消費者庁に対し、委員会運営に関し見解を求める書簡を6月24日に再度送付した。謝罪を求める最初の抗議書に対して、運営担当の消費者委員会のみが一括で回答したことに対し、再度の書簡(今回は抗議書とせずトーンダウン)では山口俊一消費者庁担当相と消費者委員会、消費者庁に別々に見解を回答するよう促した。
今回の消費者庁人事に読売新聞から圧力があったかどうかはわからない。官房長官に読売が求めた「適切な対応」がこの左遷人事だったとは思いたくない。「むしろ、各役所の人事権者が気を回しすぎたのではないか」と見立てる霞ヶ関関係者も少なくない。
とはいえ、法改正をめぐっての軋轢が影響していないとは言えず、読売新聞の「影響力」の強さに霞ヶ関はざわめいている。もはや、特定商取法の改正に新聞販売の規制が盛り込まれることはないだろう。左遷はある種の勲章ともいえるが、若手の将来や政策がゆがんでしまうのであれば、問題だろう。
消費者庁で左遷人事 |
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訪問販売巡って読売新聞と軋轢
公開日:
(政治)
山口寿一氏=共同通信
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土屋 直也:ネットメディアの視点(ニュースソクラ編集長)
日本経済新聞社でロンドンとニューヨークの特派員を経験。NY時代には2001年9月11日の同時多発テロに遭遇。日本では主にバブル後の金融システム問題を日銀クラブキャップとして担当。バブル崩壊の起点となった1991年の損失補てん問題で「損失補てん先リスト」をスクープし、新聞協会賞を受賞。2014年、日本経済新聞社を退職、ニュースソクラを創設
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