思想家で仏文学者の内田樹氏に今後の政局とオリンピックの開催の是非を聞いた。内田氏によると、自民党政府は末期的な状況により政権交代を迫られているという。また、オリンピックの開催はどう考えても医学的に不可能と述べた。(聞き手は角田裕育)
――森喜朗会長の女性差別発言が、国際社会に於いても大問題になりましたが、先生はどのようにお考えでしょう。
内田 あのセクシズムは許容範囲を超えていると思いますね。森発言もひどいけれど、あれはJOCの評議員会での公式発言だったわけで、それを出席者たちは笑って聴いていたというのがさらにひどい。これは申し開きできない。
JOCが組織的にセクシズムに宥和的だったということなんだから。JOCはただの組織じゃない。性差、人種、宗教、性的指向ふくめて、あらゆる差別を否定するということを憲章に堂々と掲げている組織なんですよ。
自分たちが掲げている憲章はただの空文だということを身を以て世界に発信したわけですからね。会長ひとりが辞めて、それで終わる話じゃない。JOCも組織の抜本的な改革をしないと先がないと思います。
ーー東京オリンピックは可能でしょうか?
内田 無理だと思います。仮に無観客だとしても、アスリートだけで1万人を超える。その何倍もの関係者が来るんですよ。その全員についてきちんとした感染防止体制を整備するような時間はもうありません。
結局、準備不足のまま時間切れになって、「地団駄踏んで一億全員が切歯扼腕」という絵を描くつもりなんでしょう。IOCか、国連か、WHOか、どこが最終的に日本に引導を渡す役になるのかは分かりませんけれど、やはりアメリカの意向が鍵になると思います。バイデン大統領が開催の可否は「科学的根拠に基づいて」と言ってるんですから。
ーーあれは非常に含みのある言い方ですが、「やれない」という意味なのでしょうか。
内田 「日本が安全であるという科学的根拠がない」ということになれば、アメリカは選手団を送ってこないでしょう。でも、ワクチンが行きわたるのはアメリカでさえ早くて4月、遅いと12月です。日本が7月までに集団免疫ができている可能性はゼロです。
ーー内田さんはスポーツ団体の政治利用をどう思われますか? 全柔連の政治力は凄いと聞きますが。
内田 武道はとくにそうですね。自民党は昔からスポーツ団体を集票組織だと思っていますから。スポーツ団体にしても、政権とつながるとさまざまな支援が得られる。政治とスポーツはお互いに利用し合っている。不健全だと思います。
― そもそも、故・サマランチ会長なんてあたりから、胡散臭いと思ってました。スポーツを利権にしているなと。
内田 僕はいまのオリンピックは近代五輪の主旨から大きく逸脱していると思います。ある時期から国威発揚と経済波及効果のためのイベントになってしまった。本来のオリンピックに戻すべきです。前から言っているんですけれど、アテネで四年ごとにやればいい。ギリシャは経済的にも困窮しているし、アテネ五輪のときの施設は使われないままだそうですから、オリンピック発祥の地ギリシャに敬意を表して、支援活動も兼ねてアテネに固定すればいいじゃないですか。
僕の記憶では、60年のローマ、64年の東京オリンピックまでですね、オリンピックらしい素朴な国際交流のイベントだったのは。68年のメキシコシティーのときは大規模なデモで死傷者を出しながらの開会だった。72年のミュンヘンは「ブラック・セプテンバー」のテロでイスラエルのアスリートが惨殺された。76年のモントリオール、80年のモスクワ、84年のロサンゼルスは政治がらみでボイコット。平和の祭典らしかったのは64年の東京まででしょう。
― 来年冬季五輪ですが、場所は北京です。やれるでしょうか?
内田 やるでしょう。中国は感染を抑え込んでるし。参加国も夏より少ないし。中国は14億人いますからね。14億って、19世紀末の世界人口ですよ。自国民だけで世界規模の大会できる人数ですからね。来れない国があってもやるでしょう。
― 欧米でも参加できない国があると思いますが・・・。
内田 それでも習近平ならやるでしょう。
ーー菅政権の支持率が下がり、最近は首相の長男の総務省接待問題がでていますが。
内田 前政権の森友問題から始まった官僚のモラルハザードがひどいことになっていますね。もう10年近くにわたって、官邸に忠誠を誓えば、どんな違法行為を働いても出世できるという官僚のキャリア形成のトラックができていますからね。
政権交代する以外には、もうこの官僚の劣化は止まらないと思います。
― 解散は4月と見ている野党候補者は多い。3月の補正予算が通った直後です。菅政権の支持率がこのまま落ちると、9月には惨敗してしまうかもしれませんので。
内田 どこで解散すれば一番「負け幅」が小さいかという計算をしているんでしょうね。
― 野党に政権交代するとなると、枝野さんが首相ということになりますが、枝野さんに政権任せられるでしょうか?
内田 任せるしかないでしょう。とにかく一度リセットして、全とっかえでやり直さないと日本は先がないですよ。
― 私は09年の民主党政権に密着的に取材していたので、政権が全然ハンドリングできなかったことを覚えています。大丈夫でしょうか?
内田 民主党政権が統治機構をきちんとグリップできていなかったというのはしかたがないんじゃないですか。官僚との関係を変えようとしていたんですから。僕は民主党政権時代にはずいぶん政権中枢には話を聴いてもらいましたよ。
教育政策について「お話をききたい」といって、当時の鈴木寛文部科学副大臣に僕と高橋源一郎が呼ばれて、1時間半くらしゃべったことがありました。僕と高橋源一郎に教育行政についてご意見を聴きたいという政権ですから、そりゃ文科省の役人からすれば耐えられないでしょう。
なんであんな連中の意見なんか聞かなくちゃいけないんだ、と。前例踏襲の役人たちと対立したことを「ハンドリングができてない」と否定的に評価するのは気の毒ですよ。
鳩山さんには何度もお会いしましたし、幹事長だった仙谷さんとも政権交代前の野党時代からよくお会いしてました。僕は民主党政権時代は党のセミナーとか講演会とかにもよく呼ばれてたし、防衛研究所で日米関係について自衛隊幹部に講演したことだってある。
自衛隊が僕を講師に呼ぶ時代があったんですよ。民主党政権時代に官邸近くにいた人間は、そのあと結局全部「パージ」されたんじゃないですか。悪く言う人が多いけれど、僕は民主党政権はずいぶん開放的な政権だったと思いますよ。仲ではずいぶんごたごたがあったみたいだけど。
ーー悪かったですね。小沢派と菅派の対立は最悪でした。
内田 中の抗争のことはよく知らないけれど、自分さえ目立てばいいという劇場型の政治家が多かったとある民主党の議員から愚痴られたことがありました。ふだん出席しない委員会でも、テレビが入ると聞くとやってきて、カメラの前で大見得を切ってみせるとか。
東日本大震災と福島原発事故に当たったのは気の毒でした。でも、あれが安倍政権の時だったらもっと悲惨なことになっていたと思いますよ。菅直人首相(当時)も被災地に直接足を運んだりしましたしね。
― 確かに小沢さんが足を引っ張りまくった面はありますね。岩手に行ったら被災地の人たち怒っていましたよ。「何あの不信任案!?」って。カンカンなっていました。
内田 小沢さんて、僕には何を考えているのか今一つわからない。自民党の幹事長だった人ですから、そういう人が中枢にいないと、どうやって政権を切り盛りするのかわからないということはあったと思うんですけど、いったい民主党で権力を手にして、何をしたかったのか、今でもよくわからない。
もともと「剛腕政治家」というのは、田中角栄とか竹下登とか金丸信とか、近くは森喜朗もそうですけれど、こまめに人に「貸し」を作っておくんです。与野党関係なく、とりあえず何か頼まれたら「いいよ」と引き受ける。そして、そうやって作った「貸し」を必要なときに一括回収する。
だから、通らないはずの法案が通ったりする。でも、与野党にかかわらずに「貸し」をつくっておくというようなこまめな仕込みを小沢さんはしていないでしょう? 「剛腕政治家」とよく呼ばれますけれど、僕はタイプが違うと思うな。
――そこが大人なんですね。今の野党にそういう人がいない。中村喜四郎さんなんかそういう存在になりえるでしょうか。
内田 わかりませんね。でも、もう一人の政治家が暗躍して政局が一気に変わるというような時代じゃないと思う。前だったら、武村正義のような、あっと驚くクセ球を投げる「バルカン政治家」がいたけれど、今はもういない。そういう人がいた方が政局報道は面白くなるだろうけれど、それはメディアの願望ですよ。
総務省接待問題 官僚のモラルハザードが極まった |
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【内田樹氏に聞く】安倍長期政権の「忠誠誓えば出世」の毒回る
内田樹氏(撮影・角田)
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角田 裕育(政治経済ジャーナリスト)
1978年神戸市生まれ。大阪のコミュニティ紙記者を経て、2001年からフリー。労働問題・教育問題を得手としている。著書に『セブン-イレブンの真実』(日新報道)『教育委員会の真実』など。
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