発生から半年が経過し、いまだに世界中で感染が拡大、死亡者も増加しつつある新型コロナウイルスですが、その実態も大分明らかになってきました。一方で、いくつかの有効な治療方法が見つかってはきたものの、これといった決め手になるものはなく、ワクチン開発もまだしばらく時間がかかりそうですし、有効性、安全性は十分確認すべきなので、使用を闇雲に急ぐべきでもありません。
その対策を巡って世界中を混乱させている新型コロナウイルスに対しては、各国首脳がウイルスとの戦い、現在は戦時下にあるなどの表現をする人もいます。
たしかに、人類を途方もなく困らせていることは間違いないので、そのような表現は致し方ない面もありますが、一方で、恐らくは意志を持っていない遺伝子の塊であるウイルスを戦争における敵とみなすような言い方には違和感を覚えます。
近年の科学の進歩で人類を含む生物の進化において、ウイルスが重要な役割を果たしてきたことが明らかになってきています。ある種のウイルスが感染し、その遺伝子を取り込んだ生物が新たな機能を獲得し進化、生き残りに成功してきたという考え方です。
生物進化の全てがウイルスによるわけではもちろんないのですが、現在の人類の持っている遺伝子全体の約8%はウイルス由来の遺伝子だとも言われています。
具体的なものとしては、哺乳類が分化する条件となる胎盤の形成にかかわる遺伝子や、記憶をつかさどる神経伝達物質の受け渡しの仕組みを可能にする遺伝子などがウイルス由来と考えられることが分かってきました。
まだそれほど多くのことが分かったわけではないようですが、これらは何れも人類にとって極めて重要な役割を果たしていることは間違いありません。ある意味ではこれらウイルスの感染によって、人類が人類たりえている可能性もあるとも言えそうです。
そう考えれば、新型コロナウイルスも今後の人類にとってどのような影響を及ぼすかは明らかでない現状で、一方的に敵とみし殲滅すべきと考えるのは如何なものかとも思われます。むしろウィズコロナではないですが、いかにうまく付き合っていくかに重点を置くべきなのかもしれません。
特に、新型コロナウイルスは高齢者には多くの死者を出しているものの、乳幼児や生殖可能年齢者には非常に軽症で、死者もごく限られています。年齢にかかわらず多くを死亡させるエボラ出血熱ウイルスなどとは異なり、ウイルス遺伝子が世代を超えて受け継がれ、生物進化に貢献する可能性を持っているとも言えそうです。
また、新型コロナウイルスによる死亡率には明らかな男女差が見られ、男性が女性に比べ約1.5倍死亡率が高いことが分かっています。死亡の一つの原因と考えられるサイトカインストーム(免疫暴走)を制御する遺伝子は、男女の性別を決める性染色体であるX染色体上にあり、その異常が男性(X、Y染色体各1本)の場合はすぐに表れるのに対して、女性の場合はX染色体が2本あるため、もう一方の正常な遺伝子が働き、うまく乗り越えられるという説も発表されています。いずれにしろ生殖に不可欠な卵子の保護に有利な仕組みになっていて、男の悲哀も感じます。
できることなら感染や発病は避けたいところですし、実際問題として、無症状での市中感染などが明らかになってくると通常の感染症対策では追いつかなくなりますが、かと言って絨毯爆撃のようなロックダウンを長期、頻回に行えば社会経済が破綻して、より多くの犠牲者が生じます。
そうした中で、どのように新型コロナウイルスに対応すればよいのか、まだ世界中で思いあぐね、試行錯誤を重ねている状況です。
我が国も第何波かは別として感染が再拡大しつつあります。あえてこの時期にGoToトラベルはさすがに如何なものかと思いますが、重症者に対する医療体制を十分確保しておくことや、高齢者などの高リスク者に対して十分な配慮をするなどの合理的な対策をとりつつ、過剰な予防策を避け、できる限りの日常生活を行っていくことが、コロナパニックを脱し社会を持続可能にする上で重要ではないでしょうか。
ヒト遺伝子の8%はウイルス由来 |
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【医学者の眼】”敵”のせん滅を目指すのではなく、”共存”に知恵を
Reuters
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中島 正治(医師、医学博士、元厚労省局長)
1951年生。76年東大医学部卒。外科診療、医用工学研究を経て、86年厚生省入省。医政局医事課長、大臣官房審議官(医政局、保険局)、健康局長で06年退官。同年、社会保険診療報酬支払基金理事、12年3月まで同特別医療顧問。診療、研究ばかりか行政の経験がある医師はめずらしい。
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